【 魔の塔 】(3)パニックの塔

【 そびえ立つ地獄 】

古来より人間は大小様々な塔を建ててきた。それは見張り台や住居だけではなかった。船上から航路を決める目印として。戦闘兵器の拠点として。さらには宗教的・権威的・記録的なモニュメントとして。

しかしほどほどの高さにしておけば良いものを、様々な思惑が絡んで、塔は巨大化した。高度をあげることに人間は邁進した。ついには「天に突き刺さるような巨大な塔」をつくろうとし、それが崩壊した伝説から「巨大塔」のイメージには暗い影がつきまとうようになった。

「バベルの塔」伝説以来、巨大塔には「挫折」イメージが強い。
一歩でも神に近づきたいという純粋な宗教心。1cmでも高いところから地上を睥睨したいという野心。敵対する者を圧倒したいという競争心。そうした古今東西の様々な思惑がシェイクされて灰色となり、どす黒くなり、塔には「不吉/挫折/失敗」といったブラックイメージが色濃く残ってしまった。

タロットカード16番「ザ・タワー」。そこに描かれた塔は、その頂上が落雷により破壊されたり、火災により松明のように燃えていたり、人が落下していたりする。この悲惨なカードを眺めていてふと思い出した映画がある。

「タワーリング・インフェルノ」(1975年)

御存知だろうか。かれこれ46年も前のアメリカ映画だが、「当時、これほど話題になった映画は他にない」と言ってもいいほどのスーパーヒット映画だった。なにしろその前年、1974年に日本で最も興行収入を獲得した洋画は「エクソシスト」だったが、「タワーリング・インフェルノ」は(前宣伝も迫力があったせいか)ロードショー公開から2日間で「エクソシスト」を上回る勢いを見せた。そのため全国72館の上映はたちまち117館に拡大された。

これは要するに、完成直後の超高層ビル・そのビルの真ん中あたりで発生した火災・最上階で飲んでいたセレブたち……といった設定のパニック映画である。なので「エクソシスト」のように(女性が嫌悪するような)おぞましいシーンもなく、とにかく分かりやすい直球映画だ。ビル火災なので「ビルディング・インフェルノ」(インフェルノは地獄)といってもいい映画なのだが、舞台となる138階建・超高層ビルの名称が「グラスタワー」なのだ。

ちょっと興味深いのは、この映画の原作は2作品あるのだが、それが「ザ・タワー」と「ザ・グラス・インフェルノ」なんである。「ザ・タワー」の原作者リチャード・マーチン・スターンは「タロットカード16番」を意識した題名にしたのだろうか。それはわからないが、「タワーリング・インフェルノ」という題名は、和訳では「そびえ立つ地獄」という意味だ。

………………………………

さてこのパニック映画。「これはいける!スーパーヒットまちがいなし!」と「ワーナー・ブラザース」も「20世紀フォックス」も大いに期待したのだろう。なにしろ両者とも御存知のとおりのアメリカの大手映画会社である。さぞかし策謀渦巻く水面下の駆け引きが(それこそ映画になるほどに)展開されたに違いないが、結果として(アメリカ史上初の)共同製作・共同配給の映画となった。
この2大メジャーが(表向きは)手を組んだものだから、集めた俳優陣もすごい。

スティーブ・マックイーン(消防隊長)
ポール・ニューマン(ビルの設計者)
ウィリアム・ホールデン(ビルの社長)
フレッド・アステア
フェイ・ダナウェイ
ジェニファー・ジョーンズ
ロバート・ワグナー
リチャード・チェンバレン
ロバート・ヴォーン
O・J・シンプソン

……と、「よくもまあ、これだけ集めたものよ」という映画だ。当時のハリウッド看板俳優を超高層ビルの最上階に集めて火をつけたみたいな映画だ。

冗談はともかく「この超高層ビルはなんで火事になったのか」という設定だが、要するに建築経費をケチった「手抜き工事」だったのだ。
ざっくりと出火原因を見るとこういうことになる。

(1)ビルの配線工事が設計どおりでなかった。配線も当初の設計よりも細いものだった。
(2)138階で300名の落成式パーティー。地下室の発電機が故障。予備の発電機を始動。
(3)81階の配電盤のヒューズが出火。燃えながら床に落ちた絶縁体の火がマットに引火。

……と、こういうことになる。
真ん中より少し上の81階が火の海になったものだから、高速エレベーターもアウト。138階の300人は、もはや81階を通過して下に降りることができない。上に逃げるしかない。つまり残された活路は屋上しかない。まさにビル自体が「火あぶりの刑」になったみたいなものだ。

………………………………………………

「手抜き工事がめぐりめぐって大惨事を招く」という構図は今も昔も変わりない。映画は46年も前の作品だが、「人がつくった最先端のもの」が「ちょっとしたミス」で崩壊してしまう、しかも多数の人命を奪って崩壊するというまさに自爆行為は、これからも続いていくのだろう。その自爆規模はさらに拡大していくのかもしれない。

「タワーリング・インフェルノ」に登場のスティーブ・マックイーン(消防隊長)は、ポール・ニューマン(建築家)に向かって毒づく。
「設計屋め。設計屋は高さを競い合う」

………………………………………………

(余談)
2021年の現在、ドバイに世界一の超高層ビルが建っている。なんと206階。「ブルジュ・ハリファ」と呼ばれている。「ブルジュ」はアラビア語で「タワー」を意味するそうである。

…………………………………  * 魔の塔-3・完 *

魔談が電子書籍に!……著者自身のチョイスによる4エピソードに加筆修正した完全版。amazonで独占販売中。
専用端末の他、パソコンやスマホでもお読みいただけます。


スポンサーリンク

フォローする