【 魔の自己愛 】(15)地下室個展の客

【 客の種類 】

個展とは、個人の作品を展示して多くの人に見せるために開催する展覧会だ。納屋の奥の隠された出入口。地下防空壕通路に密かに並べられた木箱。これはいったいどういう主旨の展覧会なのだろう。そんなものは通常の感覚では個展とは呼ばない。ただの作品保管あるいは作品陳列だ。それをあえて「地下室個展」と小さなプレートに記すその理由はなんだろう、その心情はどういったものなのだろう。……そうした疑問が頭の隅を次々とよぎった。正常な感覚だとは思えない。異常を理解しようとしても無駄だという思いが募った。

「この照明で個展だというのは、ちょっと驚きですね」

孤蝶さんがかすかに笑ったような気配がしたが、声にはならなかった。
私はチラッと彼女を見た。もともとよくしゃべる女性ではないが、この地下室に降りてからというもの、なぜか、心なしか無口になっているような気配を感じていた。かすかに緊張しているような感じさえする。なにか冗談を言って彼女を笑わせたい衝動にかられたが、なにも浮かんでこなかった。私もまた、この異様な空間に緊張していた。

それにしても暗い。木箱の中身をもっとよく見たいのだが、さっぱりわからない。暗がりでドールハウスを見ているような気分だ。次第にイライラしてくる気分をおさえようがなかった。(携帯のライトで照らそうか)という思いが何度が走ったのだが、バッテリーに不安があった。その時に私が持っていた携帯はかれこれ7年間使っていた。

「客に作品を見せたいという会場にしては、暗すぎるように思いますが……」
「客の種類にもよるようです」
今度は私の方が黙る番だった。

「……つまり客は、普通の人間ではないと?」
私はゆっくりと視線を巡らせて彼女を見た。このときの自分の表情を、客観的に(映画のように)見たかったものだと思う。ホラー映画さながらの恐怖にひきつった表情をしていたに違いない。

【 納屋にひしめく客 】

その瞬間、私の内部ではストーリーが出来上がった。
次の瞬間、私は絶命する運命にある。映画「スウィニー・トッド」的な設定であれば、私が立っていた床板は(絞首刑執行の瞬間のように)ガタンと止金が外れる。私は地下室のさらに地下に落ちこみ、有無を言わせず即座に絶命する。その後、私が身につけていた所持品はすべてひとつひとつ入念に吟味され、整理され、選別されて木箱の中に配置される。これでまた、木箱作品がひとつ完成したわけだ。
残った所持品(および私の遺骸)に用はない。全て廃棄処分となる。地下室の地下のさらに地下に放りこまれ、土をドサッとかぶせられて、一巻の終わり。

死霊となった私はあまりにも突然のことで死の自覚がなく、そのままおとなしく昇天できない。私はこの地下室個展をあちこちさまよい、木箱をひとつひとつ覗いてまわる。死霊に照明の必要はない。
……ああ、この木箱作品は、先程すれ違った女の幽霊の遺品だな。「エメラルドのブローチを御覧になって」とかつぶやいていたが、この木箱に納められているエメラルドのブローチがそうだな。なかなかの逸品だな。
……ああ、この木箱はその前から離れない紳士のものらしいな。木箱にはずいぶん立派なパイプがある。それを使うことができなくてじつに悔しそうだな。生前は相当のヘビースモーカーだったようだな。

「この木箱は全部、サルタヒコの作品なんですか?」
「そうです。上の納屋にいる女たちが客らしいです」

私は再び沈黙した。
なんとあの女たちはこの個展に来た客だというのか。

「しかし客がなぜあんなポーズをとる必要があるのです?」
「……さあ、私はもうそこまで聞くつもりはなかったし、たとえ聞いたとしても……」
「……なるほど。彼はたぶん、答えない」

つづく

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