【 愛欲魔談 】(18)痴人の愛/谷崎潤一郎

【 タ デ 食 う 虫 】

前回の「魔談」で「田で食う虫も好きずき」と書いた。それを読んだ風木さんから「正しくは、蓼(タデ)食う虫も好きずき」と御指摘いただいた。持つべきは博学の友である。「あっ」と思った。「……そう言えばこの話、なにかで読んだことがあるぞ!」とかすかな記憶が蘇った。しかしなにで読んだのか、さっぱり思い出せない。その後も忘れ去っていたというテイタラクでどうしようもない。

ともあれ、「田で食う虫」はまちがっていたのだからそれを訂正すればいいだけの話なのだが、「蓼/タデ」についてふと興味が走ったので、「……ではこの機会に」という気分で調べてみることに。
そんなわけで3回の脱線談から「痴人の愛」本筋に戻る予定が、さらに1回の追加脱線談をお許しいただきたい。今回のテーマは「タデ食う虫」である。

さて「タデ」とはなにか。
調べてみると「タデ科・タデ属」の植物で、ヤナギタデというのがある。ちょっと面白いのは、文献により「実が苦い」というのもあれば、別の文献では「葉や茎が辛い」とある。葉も茎も実も辛かったり苦かったりする植物らしい。

虫は味覚を感じるのだろうか。「うわっ、これは苦い!」とたじろぐ虫を見たことがあるだろうか。なにしろ表情がなくたんたんと食べるのでよくわからんのだが、やはり「苦い」のも「辛い」のも普通はイヤなんだろう。

「味覚」について調べてみると、脊椎動物(脊椎/背骨をもつ動物)の味覚システムは「ほぼ全容が解明されている」とある。しかし脊椎動物以外はまだよくわからんらしい。昆虫については「触覚で匂いを感じている」ということがわかっている。……ということは、口に入れる以前に触覚でトントンと触れてみて匂いを察知し「うわっ、これは苦い!」というのがタデなんだろう。タデはきっと葉も茎も実も辛かったり苦かったりする匂いを発しているのだ。

そんなわけで大概の虫は「タデはあかん」と寄りつかない。しかし例外がいる。タデムシ(ホタルハムシ)は好んでタデの葉を食べるのだ。この虫はきっと「苦い」のも「辛い」のも平気(あるいは好き)なんだろう。

さらに調べると、中国の古書で「七諌/しちかん」というのがある。なんと紀元前150年ほど昔の書である。
その書に「蓼虫は葵菜に徒るを知らず」(リョウチュウはキサイにうつるをしらず)とある。直訳では「タデの葉を食べる虫は、(タデよりもはるかに美味な)フユアオイの葉に移動することを知らない」という意味になる。要するに「苦しみに慣れちゃってる」ということらしい。タデムシが聞いたら「大きなお世話!」と怒るにちがいない。

この「蓼虫は葵菜に徒るを知らず」が巡り巡って日本に渡り、「タデ食う虫も好きずき」になってしまったのだろうか。諸説ありよくわからんのだが、もしそうだとしたら、ずいぶんあっさりした別の意味に変わってしまったものである。

タデ食う虫/完


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