【 ファム・ファタール魔談 】ギリシア神話・絶世の美女ヘレネ(6)

【 伝説の正体 】

今回はギリシア神話で有名なトロイア戦争の経過を見て行きたい。紀元前1500年。3500年前の戦争である。

アフロディテ(女神)折り紙つきの、世界一美しいスパルタ王妃ヘレネ。しかし彼女の名はトロイア戦争を巻き起こしたファム・ファタールとして後世に名を残すことになった。ギュスターヴ・モローをはじめ多くの画家たちが競うようにヘレネを描いている。

ところがギリシア神話をよくよく調べてみると、この王妃が戦争を巻き起こしたのではない。戦争勃発の張本人はこの美女を拉致した「エーゲ海をはさんだ遠国の王子」なのだ。それでは面白くないというので後世の劇作家たちがよってたかって新たなストーリーをでっちあげ、そのドラマにまんまと魅了された画家たちが絵に描き、オペラや絵画に魅了された大衆が語り継ぎ、後世に名を残すことになったのである。

このように見てくると「後世に語り継がれる」というのはじつは偉大でも名誉でもなんでもない。大衆とは誠にいい加減なものであって、ただ面白いから語り継ぐのだ。自分が面白いと思ったものに、さらに自分勝手な尾ひれをつけて語り継いでいくのだ。大概の伝説とはそのようにして生まれ、変更につぐ変更を加えられ、ついにオリジナルとは全く違う話になっていくのだろう。

さて王妃を奪われて激怒のスパルタ王メネラオス。100隻の軍船を引き連れてやってきたメネラオスの兄、アガメムノン。ギリシア各地に割拠する王やら勇者やらには次々に使者が送られ、「かつての約束を果たせ」ということで軍船派遣の催促となった。

実際のところは2つ前の魔談で語ったオデュセウスではないが、こんなアホな戦争には参加なんぞしたくなかったでしょうな。使者の口上を聞いた王や勇者たちの大半は不承不承の出陣であり士気は高くなかった、どころか全然なかったかもしれない。

とにもかくにも、なんとか勢ぞろいした。勢ぞろいするのに2年かかった。2年ですよ。「お妃を取り戻す戦争準備に2年かかった」というのはどういう神経ですかね。のんびりしすぎというか、根気ありすぎというか。

【 出陣式 】

とにもかくにも軍勢は勢ぞろいした。こんなときには、なんか縁起のよいものを兵士どもに見せて「おおーっ」と気勢をあげなければならない。そこでアポロンの神殿前で「勝敗占い」をすることになった。すると大きな蛇が出てきて近くの木に這い上がり、そこに巣を作っていた9羽のスズメを飲み込んだ。飲み込んだ途端に石になって木の下にドサリと落ちた。

さてあなたがその場をしきる偉大な預言者だったら、これを見てどんな予言をします?

預言者は叫んだ。

「これは我々が9年間の苦しい戦いをしたのち、10年目にトロイアを攻め落とすというしるしだ!」

思わず「ほんまかいな!」と叫びたくなるような予言だ。蛇は9羽もスズメを飲み込んだのはまあいいとして、その後めでたく退場、ではなく石になって木から落下している。食い過ぎで死んだ、と見るのがまあ普通の見方だと思うのだがどうだろう。

「これは我々が9年間の苦しい戦いをしたのち、10年目に全滅してみな海底の石になったというしるしだ!」

これこそが正しい予言だろうと思うがいかがだろうか。しかしそんな予言をしたら2年間かかって集めた軍勢はあっという間に自分の国に帰ってしまうだろう。預言者とてその場で王の逆鱗に触れて首が飛んでしまうような予言はできない。かくして「石になった蛇」というのはどういう解釈なのかよくわからんが、この予言によりギリシアの軍勢は気勢をあげてトロイアに進軍することになった。しかしギリシア神話は言う。

「トロイアに行く航路を知っている者は誰もいなかった」

にわかには信じ難い話だ。2年もかけて軍船を山ほど集めたあげく、アポロン神殿の前で予言までやらせて気勢をあげたあげく、さて出発という段になって、目指す敵国に行く航路を誰も知らない?

予言も不可解なら進軍計画も不可解というほかない。

 つづく 


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