【 ファム・ファタール魔談 】ギリシア神話・絶世の美女へレネ(12)

【 まだまだ続くトロイア戦争 】

このところ魔談はギリシア神話のトロイア戦争を語ってきた。当初は「この機会にギリシア神話を知っておきたい」という意気ごみが筆者にあった。しかしじつを言うと節操のない登場人物たち(特に神々)のアホなふるまいにかなりウンザリしてきた。

書き手がそんなことでどうすると思うのだが、「なりゆきまかせ、行き当たりばったり、天上も天下もアホばっかし。拉致された王妃(ヘレネ)をめぐってギリシアとトロイアが9年間も延々と戦った最低最悪戦争がトロイア戦争。イヤになったのでやめようか」といった気分。

「いやいや待て待て。そんな節操のない終わりかたでどうする。もともと魔談に節操などないが、トロイア戦争を取り上げておきながら〈トロイの木馬〉まで行きつかないで止める手はないだろう」という声が天井あたりから聞こえてきたので、もう数回、続けることにしたい。

じつは私は「ギリシア神話」における「神々」という存在は、人間に比べてあくまでも清く正しく模範となる存在なのだろうと信じてきた。いや「信じてきた」というほどオーバーなものではないが、漠然とそう思ってきた。天界から地上を見下ろし、「……や、また地上の人間どもがアホな争いをしておるぞ。まったく救い難い下等なやつらだ。よしよしひとつ降臨して鉄槌をくだし、大いに諭してやろう」と、そういう存在であろうと思ってきたのだ。なにしろ彼らは「神」なのだから。

しかし事実は魔談で延々と述べてきたとおりである。地上の愚かな争いを見て笑って傍観しておればよいものを、まったく余計で思慮の足りないちょっかいを何度も出す。しかも反省もなければ後悔もない。「いやー、神々というのはじつはすごく人間的なんですねぇ」なんて教育的解釈があるとすればまったく間違っている。「人間的」どころか人間以下だ。「人間の方がもう少しマシなのがいるよ」と言いたい。百歩譲って「いや天界の神々だっていっぱいいるんだろ?……何人いるのか知らないがきっとマシなのもいるよ」と思いたい。しかし最高神ゼウスがやってることを知れば、他は推して知るべしである。なにしろ「最高神にあるまじき行為」を山ほどやっている。

では結局のところ「ギリシア神話における神々」というのはなんのための存在なのだろう。今後はそのあたりも考えつつ、もう数回、「トロイアの陥落」までこの戦争を見ていきたい。

【 メネラオスの最期 】

さて勇ましく名乗りを上げておきながら、怒り狂って突進してきたメネラオスを見て逃げたパリス。「なんじゃそれは」ですな。ほとんどギャグですな。いかに美男であろうと最低の王子ですな。しかしヘクトル(パリスの兄)に罵倒されて「ではメネラオスと一騎討ちを」と提案。メネラオスの槍はパリスの胸に突き刺さった。かくしてトロイア戦争の元凶は倒れた。

ここいらでこの戦争を終わりにしておけばよいものを、全く余計な手出しをしたのがアフロディテ。このアホ女神はパリスを愛している。「もや」を起こしてパリスの姿を隠し、どこかへ運び去ってしまった。

一方のメネラオス。彼の目から見れば、目の前でまさに「とどめ」を刺そうとしている宿敵が忽然と消えたのだ。人間の仕業でないことは即座にわかろうというものだ。「神の仕業だな」と知ったのであれば、人間がどうこうしたところで勝てる相手じゃない。
「パリスを隠した神よ。さては女神の仕業だな。これは一騎討ちの男の勝負だ。余計な手出しをするな」とでも大音声を発し、その場を去ればよかったのだ。

しかしメネラオスの怒りはおさまらない。パリスを探してあちこち走り回っているうちに、チャンスと見たパンダロス(弓の名手)の矢が彼を襲った。メネラオス、一巻の終わり。

さてヘクトル。パリスの兄である。一騎討ちでパリスが敗れ、「やれやれこれで戦争も終結か」と思いきや、弟は忽然と消えた。さぞかし苦々しく思っただろう。「さっさと殺されてしまえばいいものを」と思っただろう。ヘクトルは戦場を出て城門の中に帰ってきた。パリスの家に行くと、果たして弟はそこにいた。ヘクトルは怒りをおさえて穏やかに言った。

「パリス、おまえは戦場に帰らなければいけない。トロイアの人々は、町を守るために今の今も死んでいるのだぞ。お前が始めたこのいくさのために!」(ギリシア神話・あかね書房)

パリスはすぐに戦場に戻ることを約束した。そこでヘクトルはアンドロマケ(妻)に会ってから戦場に戻ろうと思い、自分の家に行った。ところが妻は家にいなかった。召使いに聞くと「トロイアの苦戦を聞いて、城壁まで走って行った」という。ヘクトルは城壁まで走り、そこで妻と幼子に再会する。このままここに止まり、戦場には行かないでくれと泣く妻。しかしヘクトルは言う。

「ああ、だが、私は卑怯者にはなれないのだ」
そして彼は妻にとってさらに衝撃的なことを呟いた。
「今度の戦争で、この美しいプリアモス王の都は、滅び去るだろう」
(ギリシア神話・あかね書房)

アンドロマケが生きている夫の姿を見たのは、これが最後でした。
(ギリシア神話・あかね書房)

 つづく 


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