【 ファム・ファタール魔談 】ギリシア神話・絶世の美女へレネ(15・完)

【 アキレスの死 】

このところ魔談はなんと15回、ざっと4ヶ月にわたりギリシア神話・トロイア戦争を延々と語ってきたが、今回で終わりにしたい。
「トロイア戦争の終わり」といえば、かの有名な「トロイアの木馬」である。

前回はトロイアの英雄にして王の息子、ヘクトルの死を語った。これでトロイアはアウトかと思いきや、次に起こったのはアキレスの死だった。もうこうなると双方共に英雄がバタバタと戦死ということで「結局、両者相打ちか」と少々ウンザリするような話だ。
すでにこの戦争は開戦以来10年目となっている。「よくもまあ、こんなくだらない理由で戦争を始めて10年もやってるよ」とあきれたくなる戦争だが、ともあれ、アキレスの死。

アキレスは唯一の弱点である「かかと」を射抜かれて死んでしまったことは、すでに以前の魔談で語っている。誰が放った矢なのか。
これは意外なことにパリスだった。そう、まさにこの戦争を巻きおこした張本人。兄のヘクトルに罵倒された弟である。

ギリシア神話にはなかなか皮肉なところがあって、美男子ということだけが唯一の取り柄でその他はもうどうしようもないこの軟弱男が城門の上から放った一本の矢が(おそらくは胸のあたりを狙ったつもりが外れて)アキレスのかかとを射抜いたのだ。「よりにもよってこんなヤツの矢で」とアキレスはさぞかし悔しい思いで死んでいったことだろう。ともあれこれでアキレス、一巻の終り。

その後、話は急展開する。そのパリスもまもなく矢に倒れ、あっけなく死んでしまった。こうしてギリシア軍はアキレスを失い、トロイア軍はパリスを失った。ギリシア軍は最大の勇者を失い、トロイア軍はこの戦争を巻き起こした張本人を失ったのだ。もうここいらで和睦でも結べばいいものを、まだやろうってんだから、あきれるほかない。ギリシア軍にしてもトロイア軍にしても勇者豪傑は山ほどいても、アキレス亡き後に「もうここいらでこんな馬鹿げた戦争はやめよう」と言い出す智将はいなかったのだろうか。

【 トロイアの木馬 】

さてそこで話はいよいよ「トロイの木馬」登場となる。
ギリシア軍の中にオデュセウスという王がいた。9月2日の魔談に登場する王なので、かれこれ2ヶ月半前の話になってしまうのだが、わざわざ「こういう王だった」と改めて紹介するのもばかばかしいような王である。かと言って紹介省略とわけにもいかないので、簡単に紹介すると、この戦争の開戦時に援軍依頼が来て困惑し、狂人のフリをして逃れようとして使者をあきれさせた王だ。

大した王でないことはまちがいないが、この男はどうやら画策好きのようである。ギリシア軍撤退のフリをする作戦をたてたのだ。撤退なんだからさっさと陸の戦場を去って船団を沖に出せばいいのだが、記念のものを現地に残そうというのだ。撤退で記念もヘチマもないだろうと思うのだが、陰険にして奇妙な作戦を考えたものである。

オデュセウスは巨大な木馬を作らせた。
木馬が完成すると、「ふるさとへ帰る記念のささげものとして、ギリシア人よりアテナの女神にささぐ」という文字を木馬に彫りつけた。

さて、その後はどうなったか、周知のとおりである。夜が明け、トロイア軍はギリシア軍が撤退したことを知った。城門の前に群がっていた陣地はすべてなくなり、沖の方にギリシア船団が見えた。トロイア軍は歓声をあげて城門を開き、ギリシア軍が去った後に巨大な木馬を発見した。

「その場で焼いてしまえばええものを」と思うのは私だけだろうか。
木馬は戦利品としてまんまと城内に運び込まれた。
戦勝で大祝宴のトロイア軍がすっかり寝静まった真夜中、木馬の中に潜んでいたオデュセウスたちは木馬を降りて、城門を開いた。こっそりと戻っていたギリシア軍は一斉にトロイアの町になだれこんだのである。

こうしてトロイアは滅んだ。余りにも有名な結末だが、これまで延々とトロイア戦争を語ってきて、さてその結末は、どうも後味が悪いように思われてならない。それともこの「後味の悪さ」こそが教訓かもしれない。すなわち

「戦争とはどのような戦争も所詮は馬鹿馬鹿しいもの。神々の救いなどありはしない。神々はただ面白がって傍観し、ただ傍観しておれば良いものを、全く余計なちょっかいまで出して戦争をますます長引かせた。トロイア戦争の黒幕はファム・ファタールと称された美女なんかじゃない。真の黒幕は神々である」

 


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