【 魔の帰巣人形 】(16)

教会周囲の夜景を見たいと思った。とはいえ、こんな真夜中に城塞のような教会内で迷ってしまったら大変だ。右手に握っている懐中電灯が心強かったが、電池を節約したいという気持ちがあり、余程のことでもない限り点灯したくなかった。足はごく自然に一度登った塔に向っていた。パン屋の灯りを最初に発見した塔だ。そこなら迷わずに行けるという自信があった。

誰もいない深夜の塔から周囲を眺めた。暗闇の底に沈んだ眼下の村には街灯さえないのだろうか。ポツポツと見える小さな光も人家の明かりらしく、いまそのひとつが消えた。
「寝ずの見張りというのは、こんな気分だろうな」
遠い昔、この塔には、昼夜を問わず交代で四方を睥睨している見張り番がいたに違いない。そうした目で森や丘に視線をゆったりと走らせつつ、風の音、樹木のざわめき、周囲のそんな音に耳を澄ましていると、そのまま遠い昔にタイムスリップしてしまいそうな気分だった。

雲間から出た月の淡い光に反射して、なにかがキラリと輝いた。目を凝らしてそこを見ると、十字架が数多く立っている斜面だった。一見して墓地だとわかった。ただの墓地ではない。林立する十字架は、丘の中腹に陣取り、侵略者からこの教会を守っている守護集団のように見える。侵略者といえど人間だ。いかに城塞教会を攻めるとはいえ、墓地の中を進撃するのは気が滅入るに違いない。このあたりの住人は、棺桶に入っても教会を守っているのだ。

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驚いたことに、小さな明かりが、丘を登ってくるのが見えた。塔から見ると、それは本当に小さな、まるでタバコの火のように小さな明かりだが、まちがいなく人口の光源だった。タバコやロウソクではなかった。風の具合でまたたいたり、揺らいだりすることはあったが、「たぶん懐中電灯だ」ということはすぐにわかった。オレンジ色ではなく、白に近い発光色だった。

「あのじいさんじゃないか、とすぐに思ったよ」
これには驚いた。
「どうしてそんなことがわかる?」
「……いやなに、これも単なるカン」

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「老人は精神を病んでいるのではないか」というのがその時に彼が抱いていた推測だった。身寄りがいるのかいないのか、それはわからない。あの地下室で老人が人形を作ったのかどうか、それもわからない。
「……かつてはそこで作っていたのではないか。その後、精神を病んでしまい、あるいは意欲をなくしてしまい、作るのをやめてしまったのではないか」
TTはそう推測していた。ずいぶん長いあいだ、地下室の道具が使われていないことはまちがいなかった。カンナやノミの刃は錆び、棚には埃がつもり、いたる所に古い蜘蛛の巣が張っていた。つい最近、この部屋を使った形跡は全くなかった。にもかかわらず、老人と婦人はなぜ地下に行ったのか。その点は謎だったが、老人が自ら進んで地下に案内したとは考えにくい。婦人が地下室に案内するように仕向けたのだろう。地下室で、彼女は衣類を手にして老人を激しく詰っていた。また地下室の棚には衣装が無造作に散乱していたが、それらはみな少女が着るようなものばかりだった。そして多くの衣類には、土がこびりついていた。

「その土はなにを意味しているのか、ということなんだけどね」
嫌な推測をせざるをえなかった。
「もしかして……墓場から?」
TTは黙って頷いた。
「……つまり、人形に着せるために、墓場から少女の服を盗んできたと?」
「その点なんだけどね」
彼は肯定も否定もしなかった。
「当時はなんというか、もうかなりウンザリしていてね。この件はあまり立ち入りたくないという気分でもあったし、いやいやこのまま見過ごせようかという意欲もまだ残っていた」

TTは翌日、あるいは数日後に婦人と出会うことができたら、彼女に絵を見せようと企んでいた。前もって描いたものを彼女に見せるのではなく、ジッツオのようにその場で描き、描きつつ、彼女の表情なり反応なりを観察しようと計画していた。
「……いったい、どんな絵を?」
「見たいか?」
「もちろん」

彼はスケッチブックを開いた。今回もまた強い筆圧を感じさせる、しっかりした直線が下描きなしでぐいぐいと伸びていった。1本の横線がぐっと引かれ、その上には十字架が立てられた。じつにシンプルで、一発で墓場とわかる絵だ。「こいつは絵だけで食っていけそうだな」と思えるほどの腕前だ。十字架の真下、つまり地中には横長の長方形が描かれ、その中に横たわった人が描かれた。長い髪。大きな頭。トイレマークのようにシンプルな人間だが、明らかに少女とわかる絵だ。その体からグイッと矢印が伸び、その先端は地上に達し、そこにワンピースのような衣類が描かれた。
「なるほど」
感心した。
「……で、反応は?」
「まあ、待て」彼は笑った。「……それは翌日の話だ。その前に丘を登ってきた光だ」
「ああ、そうだったな。それにしても奇怪な」
「やはりじいさんだったよ」

……………………………………   【 つづく 】

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