年末魔談「クリスマス・キャロル」(2)

【 守銭奴 】

激動の2022年もついに12月。夜の街ではクリスマス・イルミネーションがあちこちで競うように美しく輝いていることだろうと岐阜の山奥で想像している。

さて魔談では前回から「クリスマス・キャロル」を語り始めた。12月の金曜日は本日の2日(金)から始まり、9日(金)・16日(金)・23日(金)・30日(金)と5回ある。そこでこの5回を使って「クリスマス・キャロル」原作、ミュージカル映画、ディズニー映画の3作を比較しつつ大いに語りたい。

語るにあたってあれこれ考えたのだが、こういう紹介の仕方はどうだろう。あなたはこの物語の主人公であるスクルージである。女性のかたは抵抗があるだろうが、まあそこは想像力を駆使して、ケチで、イジワルで、思いやりのない守銭奴ジジイになってみていただきたい。
……そう。守銭奴。この言葉は以前の魔談(魔の音/2021年1月29日)で以下のように紹介している。

「守銭奴」(しゅせんど)という言葉がある。なにやら妖怪めいた名称だが、妖怪ではない。「奴」という漢字が最後に来るあたり、出版社的には限りなくNGな言葉のようにも思える。ほとんど死語に近いが、それが意味するところは決して古くない。古くないどころか、まさにいまの時代は「とにかくお金ですよ。お金がすべてですよ」とドヤ顔で言ってのける人間がお笑い番組のコメンテーターとしてテレビ出演しているような時代だ。街を行き来しているスーツ人種の多くが半ば妖怪守銭奴と化しているような時代だ。
冗談はともかく、「守銭奴」とは、異常なほどお金に執着している人を言う。「ケチ」よりもさらに損得勘定の意識が強く、日常生活すべてが損得計算で明け暮れている。「へえ!」とちょっと興味をもったあなた、原作「クリスマス・キャロル」冒頭をぜひ読んでいただきたい。まさに「これでもか」レベルのスーパー守銭奴老人が出てくる。本を読まない人にはぜひミュージカル映画「クリスマス・キャロル」(1970年)をおすすめしたい。「すげーな、このジジイ!」というのが出てくる。それがスクルージだ。

【 亡霊の出現 】

仮にこの物語をお芝居で見るとしよう。迷うまでもなく即座に「5幕だな」とわかる。

第1幕:スクルージ登場。マーリ亡霊の出現。3人の精霊が来る予告。
第2幕:過去の精霊がスクルージに見せたもの。
第3幕:現在の精霊がスクルージに見せたもの。
第4幕:未来の精霊がスクルージに見せたもの。
第5幕:スクルージの改心。クリスマスの朝の奇跡。

……ということで全体の構成を眺めて改めて思うのだが、この物語の構成は(お芝居的にぴったりと言っていいほどに)じつに明快だ。そこがまた不朽の児童文学として世界中で愛されている所以かもしれない。

さてあなたはスクルージである。
クリスマス・イヴの夜。街は明るく賑やかで、道ゆく人々はみな笑顔だ。しかしあなたの事務所だけは墓場のような静けさ。事務所にはあなた以外にもうひとりいる。それがボブ・クラチット。善良で貧乏な事務員だ。貧乏なのは、あなたが給料をケチっているからだ。

事務所終了の時間となった。明日はクリスマス休日。しかしあなたはその1日休暇が許せない。そこでネチネチとクラチットに嫌味を言いながら、事務所を閉じる。走って帰路につくクラチット。彼にはクリスマス・イヴを家族と祝う楽しみが待っている。

あなたは往来の喧騒を避けるようにして渋面で帰路につく。
「あっ、スクルージだ!」
通行人たちはあなたの黒いシルクハットと黒いロングコートを見て顔をそむける。うっかりと疫病神を見てしまったかのようだ。
あなたは賑やかな大通りから暗い路地に入る。ひっそりと静まった大きな屋敷の前に立つ。ふとドアのノッカーを見ると、それがマーリの顔となって自分を睨んでいることに気がつく。

マーリとは何者か。かつてはあなたの共同経営者だった男だ。しかしマーリは、原作表現を借りると、

ドアの鋲(びょう)のようにすっかり死んでいた。(岩波少年文庫)

つまりこの物語の面白さは、話の冒頭に「スクルージの共同経営者は(数年前に)死んだ。それはまちがいない」という説明から始まる。じつに英国的ブラックユーモアに満ちた冒頭だ。そのゆえに私のような男は魅了される。

あなたは久々でマーリの顔を見てちょっとのけぞる。しかしやがてそれが消えると「ヘンッ」と馬鹿にしてガチャガチャと鍵を回し、屋敷の中に入る。真っ暗な広い階段をロウソクの灯だけで上り、部屋に入ると二重に鍵をかけ、暖炉の前に座り、線香のように小さな火をつける。

すると誰もいないはずの階下から、ドーンと大きな音が響いてくる。地下室に通じるドアが蹴飛ばされるようにして開いた振動音だ。何者かが階段を、ゆっくりと登ってくる。その音がじつに怖い。一歩一歩、苦痛にあえぐようにしたその歩みには、ジャリン、ジャリンという金属音が絡みついている。どうやら非常に重いクサリをズルズルと引きずりながら、階段を上ってくるらしい。
あなたは縮み上がる。何度もドアの鍵を調べるのだが、厳重にかかっている。

恐ろしい音はついにドアのところまでたどりつく。ドアの鍵など、亡霊となってしまったマーリにはなんの障害でもない。マーリはそのまま部屋の中にスッと入ってくる。さすがのスクルージ、つまりあなたも目の前に立っているのがマーリだと認めざるをえない。しかし精一杯の虚勢をはる。

「わしに、なんか用でもあるのかね?」
「うんとあるのだ」
「きみは、だれだ?」
「だれだったかと聞いてくれ」
(岩波少年文庫)

どうですかこの会話。
「だれだったかと聞いてくれ」に私は魅了される。思わず「うまいっ!」と絶賛の拍手を捧げたくなるセリフだ。

さて次回はこの亡霊との対話、それによって亡霊はなにが目的でスクルージの前に出てきたのかを語りたい。

【 余談 】

ミュージカル映画「クリスマス・キャロル」(1970年)では、このマーリ亡霊を(英国が誇る名優)アレック・ギネスが演じている。

 つづく 


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