【 時間どろぼう魔談 】モモ(6)

第2部【 灰色の男たち 】

第6章【 インチキで人をまるめこむ計算 】

今回の第6章から、この物語は第2部「灰色の男たち」に入る。「……お、いよいよ本格的に出てくるぞ」といった感じだ。
これまでのお話は、モモと彼女を取り巻く人々の心あたたまる交流談だった。大人たちはモモに話を聞いてもらうことで話題がはずみ、心が晴れた。宿年の喧嘩どおしも仲直りした。子どもたちはモモと一緒に遊ぶことで、「ごっこ遊び」はすばらしいファンタジー世界を創作した。全体に牧歌的で心あたたまる話だった。

ところが第4章の最後でモモの円形劇場にチラッと姿を見せた灰色の男たち。第5章では全く出て来なかった。そして第6章。物語の雰囲気は一変する。これまでの物語は、色にたとえれば「心あたたまるオレンジ色」だった。今回はその小春日和世界に大寒気団到来みたいな話だ。

いやそれにしても(余談だが)この1月中下旬の大寒気団、キツかったですね。あなたの街ではいかがでしたか。
私は岐阜の山奥の標高650mの村に住んでいるのだが、「10年に一度」とやらの表現をNHK報道で聞いて文字どおり震え上がった。シベリア発の冬将軍は日本をすっぽりと覆うような勢いだ。「えらいこっちゃ」気分で冷蔵庫の冷凍食品を総点検し、水タンクを用意し、灯油タンクを新しく1個買って満タンにした。
「来るぞ来るぞ」気分で覚悟したその日の朝。雪こそ降らなかったが、外に出て「この冷気を体験しておこう」と思ったら、なんとドアが凍りついて開かない。これには唖然とした。

本題に戻ろう。第6章ではフージーという床屋が登場する。彼の店は小さいながらも街の中心部にあり、若い使用人もひとり雇っていた。
さて、ある雨の日。その日は使用人が休みをとっていた。雨がシトシト降り続く灰色の日。フージーの気分も灰色だった。彼は店の入口に立って客待ちをしていた。道路にはねる雨を眺めながら、沈んだ気分であれこれ考え始めた。
「おれの人生はこうしてすぎていくのか」

まさに「あるある」シーンだ。彼は「人生をあやまった」と思い始める。
「……こんなけちな床屋なんかじゃなく」
「……もっと洒落た生活ができたはず」
気分はどんどん灰色に染まっていく。

そこに現れた灰色の車。降りてきたのは灰色ずくめの紳士。彼は髪を切りにきた客ではなく「時間貯蓄銀行から来た」と名乗る。そしてフージーが顧客の候補者になっていると説明を始めるのだ。

めんくらうフージー。だが灰色紳士はどんどん説明を始める。時間をもっと節約しろとフージーに迫り、自分の時間を無駄遣いしているとフージーを責め、秒単位で「フージーの無駄遣い時間」を計算し始める。睡眠時間は無駄。年老いた母の介護も無駄。セキセイインコを飼ってるのも大いに無駄。あれもこれも無駄。無駄時間のトータル秒数。その膨大な数字を突きつけられてフージーは圧倒されていく。

以下余談。
この話には大いに心を動かされた。灰色紳士の一種の話術には舌を巻く思いだ。
遠い昔、ざっと37年前の話だが、私は広告代理店勤務のAD(アートディレクター)として仕事していた時代があった。その時代に、先輩ADから教わって心がけていたプレゼン話術というものがあった。「社内マル秘」的ないくつかの重要項目があったのだが、その中でも最も重要なテクニックとして「とにかく(客には)数字をあげつらって説明しろ」というのがあった。出所などいい加減でいいというのだ。思いつきでいいというのだ。とにかく数字をガンガン出して相手を煙に巻いてしまえというのだ。
無茶苦茶な話だが、実際、広告代理店勤務というのは、そうした話術でプレゼン競争に勝っていくしか結果を残せない世界ではあった。「明日は雨かもしれない」ではだめだ。「明日は50%以上の確率で雨でしょう」と言わなければいけない。そんな世界で生きていたので、灰色紳士の話術には思わず「あ、使ってるな」感が大いにあった。

さて数字話術に圧倒されたフージーは、時間貯蓄銀行と契約する。当然ながら契約書が出てくるかと思いきや、そんなものはいらないと言う。「時間貯蓄銀行は完全な信頼の上に成り立っています」と胸をはる灰色紳士。

その時以来、フージーは「1秒たりとも無駄にしない」という生活を開始する。客との無駄口もやめ、母親も養老院に入れ、セキセイインコも売り払った。彼は次第に落ち着きのない、おこりっぽい男になっていった。不思議なことに時間を節約すればするほど、その時間はあとかたもなく消え去り、毎日の時間はどんどん短くなっていった。

この章の最後にエンデはこう語っている。

時間とはすなわち生活なのです。そして生活とは、人間の心の中にあるものなのです。
人間が時間を節約すればするほど、生活はやせほそって、なくなってしまうのです。

【 つづく 】


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