【 時間どろぼう魔談 】モモ(7)

第7章【 友だちの訪問と敵の訪問 】

この章タイトルを見てハッとされた敏感な人もいるかもしれない。そう、とうとうこの物語にも「敵」という穏やかならぬ言葉が出てきた。「おおっ、いよいよモモと時間どろぼうの対決が始まるぞ!」といったところだろうか。

さて「友だちの訪問」。
これはモモが友だちを訪問するのだ。「古くからの友だちで、一時はモモのところによく来ていたのに、なぜかすっかり来なくなった友だち」をモモが訪問するのだ。そういう友だちがじわじわと増えている。その理由がモモにはさっぱりわからないからだ。これはもちろん現代の我々の日常でもよくあることだ。「きっと忙しくしているんだな」で、それ以上は追求しない。私もそうだ。あなたもそうではないですか。

一方、円形劇場の遺跡に遊びに来る子どもたちは次第に増え始める。これは一見、いいことのように思える。しかし一言一言、じっくりと考えながら話をする「道路掃除夫ベッポ」は言う。
「子どもたちは、わしたちのためにここに来るんじゃない。ただ、かくれ場がほしいだけなんだ」
「新しい子どもたち」が毎日のように遺跡に現れるようになった。しかしこどもたちみんなが即座に仲良しになれるわけではない。中には(本当の遊びには使えない)高価なオモチャを(みせびらかすように)持って来る子もいた。ラジオを持ってきて音量いっぱいにかける迷惑な子もいた。「ごっこ遊び」の邪魔をする子もいた。

もうこうなると、即興で物語をつくるのが得意なジジでさえ、子どもたちの「なにかお話して!」に応じる気分になれない。
ジジは方針を変える。
「それよりか、おまえたちのことを聞きたい。なぜここに来るのか聞きたい」

子どもたちは口々に親のことを話し始める。パパが立派な自動車を買った、映画を観るお金を毎日のようにくれる、ラジオを買ってくれた、などなど。子どもたちの話はみな、最初は自慢話のようにして始まる。しかし結局は、両親ともに忙しくなり、ひまがなくなり、以前のようにかまってもらえなくなり、自分たちの居場所がなくなってしまった。現状から逃れるようにして、ここに来るしかなかった……という悲しい理由へとつながっていく。言葉は次第につまっていく。ついにしくしくと泣き出す男の子。道路掃除夫ベッポの考えは正しかったのだ。

ジジはふと、床屋フージーの話を始める。町で久々に出会ったフージーは、以前とは別人のようだった。いらいらして、おこりっぽくて、ゆううつそうだった。しかもそれがフージーだけじゃない。まるで伝染病のようにそんな人間が増えている。
モモは決意する。「古くからの友だちで、一時はよく来ていたのに、なぜかすっかり来なくなった友だち」を訪問しようと。

(モモの訪問先1)左官屋ニコラ
「悪魔みたいなテンポでビル工事が進んでる」
「しかしじつは左官屋の良心に反するような手抜き仕事をしている」
「金をためたらこんな仕事におさらばして、別の仕事をする」
・近々モモのところに行くと約束したニコラ。しかし彼は来なかった。

(モモの訪問先2)居酒屋のニノと、ふとっちょのおかみさん
・毎晩、安酒一杯だけで店に居座る老人たちに「他の酒場を探してくれ」と追い出したニノ。そのことに怒りまくるおかみさん。
「時代が変わった。家賃が上がった。物価もあがった。いままでの経営じゃ店がもたない」とわめくニノ。
「もうこんな思いやりのない店はごめんだよ」と言い捨てて出ていったおかみさん。
・夫婦でモモのところに来たニノとおかみさん。ニノは老人たちの家をひとりひとり回って「また来てくれ」と頼んで歩いたのだ。顔をかがやかせてその話をするおかみさん。

我々読者はすでに「時間どろぼう」の手口を知っている。床屋フージーをどのようにして洗脳したのかを知っている。同じように洗脳された左官屋ニコラと、居酒屋ニノ。ニコラはとうとうモモのところに戻っては来なかった。ニノはおかみさんのおかげで洗脳から回復し、モモのところに戻ってきた。

【 敵の訪問 】

さて円形劇場の石段に忽然と現れた大きな女の子の人形。しかも音声も出る。
「あたしはあなたのものよ」
「あたしをもっていると、みんながあなたをうらやましがるわ」
「あたし、もっといろいろなものがほしいわ」
結局はこの繰り返しなのだが、モモがこの人形の相手をしていると……ついに出た灰色の自動車!
降りて来た灰色紳士。この人形をほめ、この人形とおもしろく遊ぶための方法を(勝手に、どんどんと)説明し始める。
「まず、洋服がたくさんいるよ」
トランクから出て来た大量の洋服。ついで大量の人形用グッズ。
「この人形にお似合いの仲間もいるんだよ」
彼は次々に「人形とおもしろく遊ぶための方法」……というよりも「人形とおもしろく遊ぶための物欲」をモモに見せる。しかもひとつずつ、全部あげるというのだ。
「そうなれば、きみはもう友だちなんかいらないだろう?」

この言葉で読者は気がつく。「……ははあ」と灰色紳士の狙いがわかる。しかしモモにはこんな物欲作戦は通じない。
「この人形じゃ、好きになれないわ」
「でもあたしの友だちなら、あたしは好きよ」
灰色紳士の(やっきになった)説得が始まる。
「人生で大事なことは、なにかに成功すること。たくさんのものを手に入れること」
「きみがいることで、きみの友だちはそもそもどういう利益を得ているのか?」
説得の言葉が進むにつれて、次第に敵意を出して来る灰色紳士。
「我々は、きみの友だちをきみから守ろうとしているんだ」

彼の説得をじっと聞いていたモモが、ふと発した質問。
「それじゃ、あんたのことを好いてくれる人は、ひとりもいないの?」
この瞬間から、灰色紳士の動揺が始まる。彼は結局、モモの説得をあきらめる。人形も、山のような着せ替え衣装も、グッズも、吸い込まれるように車のトランクに戻っていく。走り去る自動車。
第7章【 友だちの訪問と敵の訪問 】は、じつに読み応えのある章だ。

余談。
「あたしはあなたのものよ」
「あたしをもっていると、みんながあなたをうらやましがるわ」
「あたし、もっといろいろなものがほしいわ」
私は思わず「痴人の愛」(谷崎潤一郎)を連想した。

【 つづく 】


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