エドガー・アラン・ポー【アッシャー家の崩壊】(8)

【 アルチュール・ランボー 】

あなたは詩を楽しむことができる人だろうか。あなたの本棚に、詩集など詩の本はあるだろうか。また「好きな詩人は?」と聞かれたとしよう。何人あげることができるだろうか。

日本には俳句、川柳、短歌といった独特の(詩に近い)文学ジャンルがある。これは「スマホ & SNS」の現代でそれなりに楽しんでいる人が多いと聞いている。……が、今回は割愛し、一般的な「詩」に話を集中したい。

私はどうか。本棚をざっと見た。谷川俊太郎の詩集2冊がまず目に止まり、宮沢賢治、室生犀星、金子みすず、そしてアルチュール・ランボー。

アルチュール・ランボー(フランス/1854 – 1891/37歳没)。ポーの没後5年目にフランスで生まれた伝説的な詩人である。ランボーの詩集を手にして、ふと思い出したなつかしいCMがある。あなたが50歳以上であれば記憶の片隅に残っているかもしれない、じつに奇妙なCMがざっと40年前にあった。1983年の「サントリーローヤル」CMだ。

1983年CM サントリー ローヤル ランボオ

砂漠の中を奇怪な一団が移動している。天使の格好でタンバリンをたたく少女(……のように見えるがじつは年齢的にもっと上かもしれない)。ピエロのような男もいる。スキンヘッドの大男は火を吹いている。シルクハットをかぶりタキシードを身につけた魔術師のような男はナイフを投げて遊んでいる。

その詩人は
底知れぬ渇きを抱えて
放浪を繰り返した

またこのシリーズの別バージョンではこんなコピーが出てくる。

その男はひとりで立っていた
10代で天才詩人
10代であふれる才能を放棄
20代は放浪
そして砂漠の商人
永遠の詩人ランボー
あんな男ちょっといない
サントリーローヤル

当時の私は27歳で、広告代理店勤務の制作部デザイナーをしていた。この、妙に退廃的・厭世的な雰囲気を強く感じさせるCMは一見して好感を持った。会社の同僚がこのCMについて(酒の席で)語った話も面白かった。彼の娘(小学生)がこのCMを見て「怖い」と言って泣き出したというのだ。それを見た彼の奥さんは「そのCM、すぐに消して!」と叫んだというのだ。

少女が見て恐怖を感じ、泣き出すCMというのも珍しい。私はこのCMのおかげでアルチュール・ランボーという詩人に興味を持った。CMを見た数日後に詩集を買った。

【 アラン・パーソンズ・プロジェクト 】

さて本題。
ロデリックの即興詩「魔の宮殿」の最終「6」は、じつに不気味で奇怪な光景を描いている。

【 6 】
かくて今この渓谷を旅ゆく人々は
赤く輝く窓より見るなり、
調べみだれたる楽の音につれ
大いなる物影の狂い動けるを。
また蒼白き扉くぐりて
魔の河の速き流れのごとく
恐ろしき一群永遠に走り出で、
高笑いす、――されどもはや微笑まず。

この「大いなる物影」「恐ろしき一群」、これは何者だろうか。小説文中でその説明はない。ただこの即興詩が披露された後で、ロデリックは奇妙な私見を述べ始める。

その意見というのは大体において、すべての植物が知覚力を有するということであった。しかし彼の混乱した空想のなかでこの考えはさらに大胆な性質のものとなり、ある条件のもとでは無機物界にまで及んでいた。(原作)

ロデリックの妄想はさらに拡大し、彼の身辺に及び始める。この不気味な館全体を覆い尽くしているツタやコケや菌の中に芽生えた「知覚」は、長い長い歳月を経過して「石そのものの配列のなかに」浸透しているというのだ。その声なき声が、ロデリックには「嘲笑」となり「高笑い」となって頭の中に鳴り響いているのだろう。

私はプログレッシヴ・ロックが好きである。秘蔵の「アラン・パーソンズ・プロジェクト」LPは、今でも時々針を置いて楽しんでいる。その「アランパLP」の中に「アッシャー家の崩壊」(1975)がある。「……あ、この不協和音が、ロデリックの頭の中で鳴り響いている高笑いに違いない」と思われる部分がある。しばらく我慢してその不協和音を聞いているのだが、「もういい加減にやめてくれないかな」と腹を立てる寸前で、その不協和音はぴたりとおさまる。思わずため息がでる。

【 つづく 】


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