【 時間どろぼう魔談 】モモ(9)

第9章【 ひらかれなかったよい集会と、ひらかれたわるい集会 】

この章タイトルを見て「失敗だったか」とがっかりしたのは私だけではないだろう。「時間どろぼう」糾弾集会は失敗したのだ。街中を練り歩いた子どもたちのデモは数千人にふくれあがったが、その主旨は大人たちに伝わることはなかったのだ。
それもそのはず。街には「忙」の大人たちが急激に増えていた。時間節約の日常。仕事の増加。スケジュールに追われて心に余裕のない大人たち。文字どおり「心ほろぶ」人間と化していた大人たちは、子どもデモごときに注目する余裕は全くなかったのだ。

かくして(集会会場である)円形劇場の廃墟に来る大人はひとりもいなかった。失望落胆した子どもたちは次々に家に帰った。最後に残ったのはモモ、ジジ、ベッポの3人だけだった。

そのベッポにも、特別勤務という名の仕事が舞いこんでいた。日曜日で、しかも夜だというのに、ベッポにはゴミ捨て場に行く仕事があった。彼はその場を去る。
ついでジジも夜警の仕事があったことを思い出し、モモをなぐさめてその場を去っていった。モモはとうとうひとりになった。

【 重罪裁判 】

さてその夜、ベッポはとんでもない光景を目撃することになる。
山のように堆積されたゴミの山。次々に到着するゴミ運搬のトラック。ベッポはシャベルを使い、トラックからゴミを積み降ろす仕事をした。真夜中になってようやく仕事は終わったが、彼は疲労困憊で座り込み、仲間が帰ってもしばらくはそこを動くことができなかった。彼はつい眠ってしまった。

目がさめたとき、ベッポは驚愕した。なんと真夜中のゴミ山を灰色紳士たちが埋め尽くしていた。ものすごい人数だ。ゴミ山の一番高いところにテーブルが設置され、3人の灰色紳士が着席していた。ベッポは灰色紳士たちに気づかれることなく、そこで行われた裁判の一部始終を目撃することになった。

モモに会った灰色紳士が呼び出された。裁判というよりは軍法会議のように、一方的に罪状を申し渡された。自分たちの秘密、その一端をモモという少女に話してしまったという有罪で判決が申し渡される。
「被告には罰として、いっさいの時間の供与を即刻に停止する」

かくして被告の灰色紳士はその場で書類かばんをとりあげられ、「小さな葉巻」をむしりとられた。葉巻を失った瞬間に彼はみるみる透明になり、ついに消えてしまった。裁判は終了し、灰色紳士たちは、みな無言でその場を去った。

この第9章は非常にシリアスな内容の章だ。特に重罪裁判における裁判官の詰問には大人が読んでもゾッとさせられるような冷たい凄みがある。児童文学としては少々ハードすぎるのではないかと思うほどだ。しかし最後にほんの少しあたたかな話が出てくる。
それはベッポがゴミ山で重罪裁判を目撃して凍りついていた時刻、廃墟の石段に座りつづけていたモモの前に大きなカメが出てきたことだ。不思議なカメで、甲羅の模様が微妙に光り、文字のように浮き出ていた。
「ツイテオイデ!」
モモはカメについていくことにした。

余談。
エンデは河合隼雄との対談でこんなことを述べている。
「どうして私が亀をそんなに好きなのかを申し上げましょう。まず、完全に役立たずな動物だからです。自然界に友だちもいなければ、敵もいない。亀を獲物にする動物はいない。私は亀をたくさん飼っていましたが、亀の顔をじっと見ますと、なかなか特徴的な不思議な微笑みを浮かべています。人間の知らない太古の秘密を亀だけが知っている。そういう笑いです」

【 つづく 】


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