【 侵入・犯行・逃走 】
私は中学校時代に「モルグ街の殺人」を読んだ。多くの推理小説愛好家がそうだろうと思うのだが、自分なりに(たぶん正解は全然違うだろうと思いつつ)犯人像の仮説を立ててみた。それは「精神薄弱の怪力大男」というもので、いま一人は「いつもその大男の背中につかまって大男を誘導しているせむし小男」というものだった。
今ならこの「せむし男」という表現はピーだが、当時は「ノートルダムのせむし男」なんて映画があった時代だ。許していただきたい。
ともあれこの仮説は今の私が検証してもなかなか面白い推理であり、それなりに中学生なりによく考えていると思う。しかしこの「怪力大男 & せむし小男」はどうやって4階の部屋に侵入し、逃走したのか。その点についてはさっぱりわからなかった。
さてデュパンの推理。
前回で紹介した「推理手帳」を参考にすると、このように書いて整理することになろうか。
(1)侵入 (2)犯行 (3)逃走
この事件は密室殺人である。犯人はどこから部屋に入り、どこから逃げたのか。「殺人」という犯罪の動機を推測していく以前に、まずは「侵入・逃走」の経緯がありありと想像できるような推測をしなくてはならない。
(1)部屋から廊下へ出る扉 → 2つとも錠がかかっていた。鍵は内側にあった。
(2)煙突 → 人間は通れない。
(3)2つの窓 → しっかりと閉まっており、数人が窓枠を上げようとしたが動かなかった。
このような現場状況で、警察はすっかりお手上げ状態となった。
デュパンは消去法で推理を進めている。扉、煙突、この2つでは絶対にないと確信した。そこで現場に急行して窓を徹底的に調べたのだ。その結果、彼は警察が気がつかなかった「窓枠のバネ仕掛け」を発見する。これはなにか。日本ではなかなかお目にかかれない仕掛けなので想像するしかないのだが、
(1)窓を開ける。(窓枠を上げる)
(2)窓を閉める。(ガタンと窓枠を下ろす)
(3)バネ仕掛けで(自動的に)鍵がかかる。
というものらしい。デュパンはこの「窓枠のバネ仕掛け」を発見することで、自分の推理を進める自信を持ったのだろう。
(1)犯人(2人)は開いた窓から侵入。
(2)室内で犯行。
(3)開いた窓から逃走。その時に窓枠は下ろされ(あるいは勝手に落ち)、バネ仕掛けで鍵がかかった。
ここで犯人像に結びつく点は「窓から侵入」した点だ。犯人はなんと避雷針を伝って4階の窓まで登り、そこから窓に手をかけるという身のこなしをしている。
「超人的な行動をする2人組だな」とデュパンは思っただろう。こうして「侵入 & 逃走」はほぼ想像できる範疇となった。
次に特異な、異常とも思える犯行。
(1)頭皮の肉がついた2、30本の髪の毛 → 超人的な力
(2)剃刀を使って頭部が胴から離れるほど切りつけた → 異常な残虐性
(3)夫人が固くつかんでいた犯人の髪の毛 → 人間のものではない
(4)娘の喉に残っていた指の痕跡 → 人間の指ではない
デュパンはある記事を語り手に見せた。
「ボルネオから輸送中のオランウータン、パリ市街を逃走中」
彼は「新聞社に立ち寄った理由」を語り手に説明した。彼は新聞に広告を出したのだ。
「オランウータンを捕獲した。持ち主は受け取りに来てほしい」
デュパンは「逃走中のオランウータン & 追跡中の水夫」が犯人だと推理したのだ。
なぜ推理に水夫が出てきたのか。
(1)避雷針の下でリボンの切れ端を見つけた。
(2)そのリボンは船乗りしか結わえない、マルタ人独特の結い方だった。
こうしてデュパンは犯人を罠にかけた。
次回はその「犯人に仕掛けた罠」から語りたい。
【 つづく 】