エドガー・アラン・ポー【アッシャー家の崩壊】(5)

【 自分は正常か? 】

彼のいうところによると、それは生れつきの遺伝的な病であり、治療法を見出すことは絶望だというのであった。……もっともただの神経の病気で、いまにきっと癒ってしまうだろう、と彼はすぐつけ加えたが。(原作)

遺伝的な神経の病気。治療法はまず見込めない。こうした病にかかったことはなくとも、「自分は正常か? あるいは正常とはいえないのではないか?」と疑心暗鬼になった経験は、あなたはあるだろうか。私はある。

私は小学校2年生のときに頭に大怪我をした。ほぼ1ヶ月ものあいだ入院した。再び登校できるようになっても、私の頭にはグルグルと何重にも包帯が巻かれていた。そんな子どもがいじめられないはずはない。子どもの中には「隙あらば誰かをいじめたい」という性格の子は必ずいる。どこの学校にも必ずいる。

ミイラと呼ばれたりオバケと呼ばれたり……それはもう悲しい想いをしたものだが、その当時の私は長期入院のおかげで全く体力がなく、言い返す気力もなく、からかわれてもただ茫然とその相手をまじまじと見つめるのみの子だった。
結果としてこの無気力・無抵抗は、今にして思えば、最も効果的な「いじめっこ対抗策」だったのかもしれない。なんの反応も示さない私に対していじめっこたちは「いじめがい」がなく、徐々にいじめなくなった。

しかしじつはこれでこの話は「めでたしめでたし」ではないのだ。
いじめられなくなった時期から、私にはチックが始まった。周囲にだれもいない状況でも、私はビクンと体を震わせることがあった。まるで幽霊が私の肩をポンと叩いたかのように「ビクン」は突然にやってくるのだ。

私はそのことを、自分の体の異変を、だれにも言わなかった。家族にも言わなかった。「そのうちに治る。きっと治る」と信じ続けた。その時期から私には「自分は正常とはいえない」という悲しい疑いがつきまとった子になった。中学校に上がる頃にはそうしたチックはすっかり治ったが、「自分は正常とはいえない」という悲しい疑いは、半ばトラウマとなって私の中に残り続けた。
そのようなコンプレックスを隠し持っているからこそ「アッシャー家の崩壊」に代表されるメランコリーな世界に、私は魅了されるのかもしれない。

【 マデリン 】

さて本題。

彼は感覚の病的な鋭さにひどく悩まされているのだ。もっとも淡泊な食物でなければ食べられない。ある種の地質の衣服でなければ着られない。花の香はすべて息ぐるしい。眼は弱い光線にさえ痛みを感じた。彼に恐怖の念を起させない音はある特殊な音ばかりで、それは絃楽器の音であった。私には彼がある異常な種類の恐怖の虜になっているのがわかった。「僕は死ぬのだ」と彼は言うのだった。(原作)

なんとなくドラキュラを彷彿とさせる男だ。
フランス人の男から聞いた話だが、我々日本人が「ドラキュラ」に抱くイメージ、そこにはやはり伝説とか物語とか映画といった「つくり話的イメージ」がかなり強いように思うのだが、ヨーロッパ人は違うらしい。本気で信じているというわけでもないのだが、「半ば信じている」とでも言おうか、「いやきっといるに違いない」「いても全く不思議ではない」といった感じのドロドロしたイメージがあるという。
先ほど私は「トラウマ」という言葉を用いたが、ドラキュラもまたヨーロッパ人(特に東欧人)のトラウマとなって、人々の心に生き続けているのかもしれない。

さて陰々滅々の「彼の描写」にそろそろうんざりし始めた頃、この話に突如として「彼の妹」が登場する。「おっ、新たな展開!」と期待したのも束の間、妹の登場によってさえ、この話のメランコリーはさらに深くよどむのだ。

ためらいながらも彼の認めたところによれば、このように彼を悩ましている特殊な憂鬱の大部分は、もっと自然で、よりもっと明らかな原因として、……長年のあいだ彼のただ一人の伴侶であり……この世における最後にして唯一の血縁である……深く愛している妹の、長いあいだの重病を、……またはっきり迫っている死を、……挙げることができるというのであった。(原作)

妹の名前はマデリン。愛らしい名前だが、登場した途端に「重病 & 迫りつつある死」なんだからもうどうしようもない。

彼がこう話しているあいだにマデリン嬢(というのが彼女の名であった)は、ゆっくりと部屋の遠くの方を通り、私のいるのに気もつかずに、やがて姿を消してしまった。私は、恐怖をさえまじえた非常な驚きの念をもって、彼女をじっと見まもった。(原作)

【 つづく 】


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