棺桶人形(8)

【 残留思念 】

前回の魔談で取り上げた「残留思念」という言葉、あなたは御存知だろうか。
私はこの言葉を、確かマイケル・クライトンの本で知った。(確信がない。ライアル・ワトソンの本かもしれない)
マイケル・クライトン(1942ー2008)は、映画「ジュラシック・パーク」の原作者である。彼は超常現象や精神世界をモチーフとしたベストセラー作家であり、特に晩年にその傾向が強く見られた。そうした意味ではじつに魔談的な興味深い作家だが、惜しいかな66歳で亡くなっている。

さて残留思念。文字どおり「残留する思念」である。どこに残留するのか。人間が放った強い思念は、時に「場所」や「物体」に残留し、それは他の人間に様々な影響を与え続けるという説である。それが良い影響である場合は「パワースポット」となる。逆に悪い影響である場合は「心霊スポット」などと呼ばれて「あそこには近づかない方がいいよ」ということになる。

このような話を聞いたとき、私のような映画フリークは即座に映画「デッドゾーン」(1983/デビッド・クローネンバーグ監督)を連想する。交通事故から深いコーマ(昏睡状態)となり、5年間の無意識から復帰した主人公は超能力を得た人間と化している。彼はなにか物に触れた瞬間に電光のようなショックを受け、その物に由来した人の気分や行動を知ってしまうというシーンがある。まさにこれである。つまり主人公は物に残された残留思念を強く感じるだけでなく、そこからじつに様々な情報を(否応なく)得てしまうのだ。
「デッドゾーン」はじつは魔談ですでに語っている。興味のあるかたは、魔談「魔の目覚め」(2021.2.26)をぜひ御覧ありたい。

【 召 喚 】

さて本題。
愛美の説明では、一旦人形に入った魂は、出て行った後もその痕跡が残っているという。しかも「痕跡が残っている人形」は魂が再び戻ってくるのをずっと待っているという。じつに奇怪で興味深い話だが、一方で私は微妙な苛立ちを感じ始めていた。というのも、彼女の説明はどことなく曖昧だったり、言葉数が少なかったり、微妙に滞ってきたり……といった印象が次第に強くなった。それはたとえば、彼女が見せる画像は微妙にピントがずれている。私がフォーカスを合わせようとすると、一旦はピントがピシッと合ってクリアな画像になるのだが、次の瞬間にまたピントは微妙にずれている。それは彼女が故意にそうしているのか、あるいはなにか別に原因があるのか、それもまたよくわからない。そのような苛立ちだ。

(……結局のところ、彼女自身もどう説明したらいいのかわからないのかも)
私はそのような理解をし始めていた。彼女は明らかに説明したくてここにいるのだが、そうした気分だけでなにもかも綺麗に説明できるとは限らない。この子はまだ20歳なのだ。
(話題をなにか具体的なことに集中した方が良さそうだな)と私は思った。

「アンジェラの話をもう少し聞きたいな」と私は言った。
「今はまだ生きてる。話もできる。でも死にたいと言ってる。そうだよね?」
「はい。あの子は気持ちが安定してないのです」
「ははあ、ナギサに呼び出されて人形に入ったけど、気が変わったとか?」
「そう。……それに近いですが、どうして自分が召喚されたのか、それもよくわからないらしいです」
「ふーん。召喚された時はなにをしていたのだろう」
「ただふわふわとしてたらしいです」
これには笑った。
「ただふわふわと?……じつにうらやましい」
「先生も死んだらそれができますよ」
「そうか。じゃあ、それは後の楽しみにとっておこう。……で、アンジェラはふわふわしてた前はどっかで人間やってたわけ?」
「はい。そうだと思います。でもその話はしてくれません」
「ふーん。……で、人形から出て行きたい理由は?」
「落ち着かないみたいです。ふわふわの方がいいと」
これにも笑った。
「意外にたわいない理由だな。そんな落ち着きのない子はさっさと出て行ってもらって、ナギサに頼んでもっと安定した子に入ってもらった方がいいんじゃないの?」
「もう他の魂は嫌がって入ってくれないと思います」
「ふーん。そんなもんかね。アパートだって次々に人は入ると思うけど」
「でもそこで誰かが死んでたら、やっぱり嫌でしょう?」
「ああなるほど。そういうことか」
やっと話が少しクリアになってきた気分だった。

【 余 談 】

愛美とカフェバーで話をしていたこの時期、改めて当時の私の日記や雑記に目を通すと、私は半ば日常的に・慢性的に・微妙にイライラしていたようだ。愛美の属するファッションデザインコースではなく、私のホームグラウンドであるグラフィックデザインコースで「コンセプトの説明が全くできない生徒が多い」と嘆くような記述を何度もしている。「教壇に立つ人間として〈今時の若者は……〉といった考えをしてはならない」と自分を戒めるようなことを書いている一方で「20歳の時の自分と比較するのもどうかとは思うのだが……しかし20歳の僕はもっと様々なことを議論していた。アリストテレスについても自主的に調べていた。男子寮にいた恩恵かもしれないが」とも書いている。

魔談執筆のおかげで、私は「過去の自分」を調べて向き合う時間がグッと増えたように思う。改めて「ホテル暴風雨」に感謝したい。

【 つづく 】


電子書籍『魔談特選2』を刊行しました。著者自身のチョイスによる5エピソードに加筆修正した完全版。専用端末の他、パソコンやスマホでもお読みいただけます。既刊『魔談特選1』とともに世界13か国のamazonで独占発売中!
魔談特選2 北野玲著

Amazonで見る

魔談特選1 北野玲著

Amazonで見る

スポンサーリンク

フォローする