棺桶人形(10)

【 課題拒否 】

愛美は卒業間近になって問題を起こした。なんと課題を拒否して講師を怒らせたのだ。
愛美が籍を置いているファッションデザインコースの担当講師は3人いた。いずれも女性で、50代のオバサマデザイナーがそのコースに君臨していた。他の2人はいずれもほっそりとした30代女性なので、まあ当然と言えば当然。

このオバサマ先生は貫禄たっぷりの体躯に「アロハシャツか?」と思うような原色爆発ファッションをいつも身に纏っていた。押し出しが強く、早口でまくし立てる声が大きく、誰が見たって、こんなオバサマを敵に回してしまったらエライことになるのは容易に想像できた。
この3人の先生たちはいずれも非常勤講師であり上下関係はないはずだが、オバサマ先生は同僚の二人を(まるで自分の娘のように)顎で使っていた。当然ながらファッションデザインコースの生徒たちも、みなこのオバサマ先生を恐れていた。

ところが愛美がこのオバサマ先生を怒らせた。
最終課題なのかそうでもないのかよく知らないが「ウェディングドレスのデザイン画」課題を拒否したらしい。放課後にファッションデザインコース担当講師3人と職員数名が集合して協議するらしいという噂を聞いた。
「やれやれ愛美はいったいなにが気にいらんかった?」とは思ったが、正直、関わりたくなかった。「私には関係ない」といった気分の方が強かった。私は私で、その時期はホームグラウンドである「グラフィックデザインコース」と「イラストレーションコース」の生徒たちの総合評価や進路相談で多忙を極めていた。

ところが昼過ぎに、このオバサマ先生につかまってしまった。彼女は廊下で私を見つけて、声をかけてきた。
「先生も今日の会議に加わってくれませんか?」
そんな話は職員から聞いてない。そのことを伝えると「いいのいいの。私が適当に言っとくから」と言って笑っている。「なんて人だ」と思ったが、このオバサマの前では「いや忙しいので」と断る勇気も失せてしまった。「他に仕事もあるので……まあ1時間ぐらいなら……」と曖昧な承諾になってしまった。職員からではなくオバサマ先生の希望で(半ば命令で)出席することになってしまった。「やれやれ」と10回ぐらいつぶやきたい心境だった。

【 ウェディングドレス課題 】

さてその会議。
オバサマ先生の説明から始まった。先生にとっては「毎年のこの時期の定例課題」といった感じで「ウェディングドレスのデザイン画」課題を説明したらしい。多くの適齢期女性にとっては、この上なく嬉しい課題であるに違いない。自分がデザインしたウェディングドレスに身を包み、アナウンスと共にスポットライトを浴びて、颯爽と会場に出ていく。その姿を想像するだけで、多くの女性にとってはいままさに人生の頂点に立ったような、胸が高鳴る嬉しい課題だろう。

ところが(あろうことか)サッと挙手して「私はこの課題はお受けできません」と発言した生徒がいた。
「できない? なんで?」と聞いてみると、理由はふたつあるという。ひとつは「自分は結婚しないので、ウェディングドレスを着る可能性はまずない」。もうひとつは「自分は結婚式に興味はないので、たとえウェディングドレスのデザインを依頼されても引き受けない」

私は思わず声をあげて笑い、オバサマ先生に睨まれてしまった。
「おかしいですか?」
「一応、筋は通ってますね」

しかし(まあ当然ながら)オバサマ先生はそれで引きさがらなかった。
「もしこの課題をしないというのなら」と先生は憤然として言った。「……私はあなたに最終評価点をあげません。あなたはゼロです。たぶん卒業できないでしょうね」

卒業のための最終評価点数。それはこんなシステムだった。
私も含めて4人の講師がそれぞれ10点満点で評価する。とはいえ「10」の評価はまずない。実際は最高評価でも「9」だ。その合計が「24」以上だったら卒業できる。どの講師からも平均して「6」以上の評価を得ることができれば卒業。きついシステムではなかったし、実際、この最終評価点数の不足で卒業できなかった生徒がいたとは聞いたことがなかった。
しかしその最終評価でオバサマ先生が「0」を出してしまったら愛美の合計はどうなるのか。他の先生はふたりとも「7」だった。合計「14」。
一方、私は「9」の最高点を愛美に与えていた。しかしそれを加えても「23」。卒業はできない。会議室には4人の講師と2人の職員がいた。6人とも沈黙してしまった。

【 つづく 】


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