棺桶人形(13)最終回

【 対面 】

店に入ると愛美はすでに来ていた。なんと客席ではなくカウンターの中に入ってなにか洗い物をしていた。相変わらずのゴスロリファッションだが、深いグレーのエプロンをしている。店内に他に人はいなかった。意外な展開に私は入口のところで棒立ちになった。
「いらっしゃいませ」
彼女はキュッと蛇口の水を止め、タオルで手を拭った。手早くエプロンを脱ぎ、カウンターの中から出てきた。
「どうぞこちらへ」
一番奥の席に案内した。
「君は……この店で働いているのか?」
「はい。店はオバが経営してます」

叔母なのか伯母なのかわからなかったが、彼女の親戚筋が店のオーナーらしい。私は案内された席についた。室内はドールハウスがそのまま実寸になったような雰囲気だ。淡いピンク地に花柄模様の壁紙。淡いグレーのカーテンはモスリンだろうか。アン・シャーリー(赤毛のアン)が愛した部屋のようなアンティーク家具が置いてある。出窓に一体、背の低い本棚の上に二体、少女人形が座っている。やはりアンティークドールだ。
ギネスの小瓶が運ばれてきた。
「今日は……君ひとりで店番をするのか?」
「いいえ。今日は、お店はお休みなんです」
「ああなるほど」

他に客は来ないと知っていくぶん気が楽になったものの、今度は妙な不安というか胸騒ぎをじわっと感じる羽目になった。アリスのように異世界にストンと落ちてきて閉じ込められたような気分だ。とはいえ、こんな時でもギネスはうまい。
「なにかつくりましょうか?」
「いや……お目当てのものを見たいな」
彼女は微笑してうなずいた。カウンターの中に入り、奥のドアを開けて隣室に入った。
すぐに運んでくるだろうと思っていたら……なかなか出てこない。なにか理由があるのだろう。私はギネスを飲んで待った。

やっと出てきた。両手で棺桶を抱えている。私の隣席のテーブルに棺桶を置いた。ほんの少し蓋を開け、小さな声でなにかささやいた。私には聞き取れないほどの小さな声だった。
「少しだけならお会いしてもいいそうです」
愛美の声には微妙に緊張感が漂っていた。
「でも……この子は死んでるんだろ?」

彼女はその質問に答えなかった。蓋を開けると、ゴスロリファッションの人形がそこにいた。身長は50cmほど。両手を胸に乗せ、当然ながら目は閉じていた。赤毛がゆったりとウェーブしていた。私は少し離れたところに立って棺桶の形状と装飾を眺めていたが、蓋が開いたとなると、好奇心を止めることはできなかった。間近に寄ってその子を見た。安らかに眠っているとしか思えなかった。次の瞬間に目を開けそうだ。目はガラスでできているのだろうか。瞳は何色なのだろう。

「いいですか?」
私はよほど夢中になってその子を凝視していたのだろう。暗闇でポンと肩をたたかれたような衝撃を感じ、現実に戻った。棺桶は再び蓋された。愛美は両手でそれを抱え、奥の部屋に持っていった。なにか得体の知れない奇妙な興奮に私は囚われていた。全部飲んでしまったギネスの小瓶が恨めしかった。

【 かつてここにいたという証 】

しばらくして愛美は戻ってきた。私はギネスビールの追加を頼んだ。彼女はクーラーから2本を取り出した。1本は自分用だろう。
いつぞやのように私の真正面に座った。
「あの子は棺桶に入っていた。……ということは、アンジェラじゃない?」
「そうです」
「名前は?」
「それは……あの子はちょっと気難しい子で、私以外には秘密にしてほしいと」
「ああなるほど。……で、ひつこいようだけど、死んでるんだよね?」
「はい。……ただ人形の死は人間の死とは違います」
「そりゃそうだ。人形は死んでも腐らない」
「はい。体はそのままです」

私はギネスをグラスに注いで一口やった。室内はさほど暑くもなかったが、やたらに喉が渇いた。微妙に興奮しているせいかもしれない。私は自分の概念をくつがえすなにかを期待していたが、その一方で、私にとっては到底理解不能の世界だという一種のあきらめに近い感情もじわじわと強まりつつあった。

「魂は人形から出て行っても、かつて自分がここにいたという証を残そうとします」
「証を?……どうして?」
「どうしてでしょうね。……魂になってみないとわからないことかもしれません」
「なるほど。‥…で、さっきは声をかけていたね」
「はい。なにか反応があるような気がしたので」
「死んでいても反応はあるのか?」
「たまに……あります」

じつに奇怪な話だったが、「死んでもかわいい」と以前に言った愛美の言葉を思い出した。
その後我々は、話は途切れがちだったが、あれこれと人形談を重ねた。しかし結局はよくわからないというか、理解できない部分が多かった。
私はその店に2時間ほどいた。愛美はそれとなく引き留めようとしたが、そろそろ引き上げた方がいいと判断した。

その後、愛美は原宿の中世洋服店(本人の言)にアルバイトとして勤めることになった。「またお店に来ませんか?」というお誘いがメールで来たのだが、「いずれそのうちに」と曖昧な返事をしているうちに長い歳月が経ってしまった。

【 完 】


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