【 銃撃魔談 】(3)レノン襲撃とライ麦

【 小人幻想 】

前回の魔談ではチャップマンを語った。
1980年12月。彼は帰宅するレノンを待ち伏せた。レノンの背後から声をかけ、回転式拳銃で5発の銃弾を発射した。
「回転式拳銃で5発を発射」という話は、アメリカの映画ではよく出てくるシーンだ。「さいとう・たかお」が死んでも続いている「ゴルゴ13」でもよく出てくる。なぜ5発なのか。回転式拳銃は6発の弾丸しか装填できない。6発を発射してしまったら、(銃撃の最中でもどこかで時間を稼いで)新たな6発を装填するしかない。そこで回転式拳銃で戦う時は、全弾を撃とうとする場合であっても(万一に備えて)5発で止めるのだ。まだ1発残っていることを敵に示しつつ、6発装填の機会を伺うのである。

話を戻そう。25歳のチャップマンはなぜレノンを襲撃し(必殺の勢いで)5発も発射したのか。そんなことをしたら自分の人生は一巻の終わりだということが、どうしてわからなかったのか。じつに奇妙なことに、襲撃の動機を語った彼の話にまたもや「小人たち」が登場する。……そう。子ども時代、父親の暴力に怯える日常の中で彼が生み出した「寝室の壁の中に住む小人たち」を、25歳の彼はまだ維持していたのだ。なんと20年ほどにわたり、小人幻想は消えることなく彼の心に生き続けたのだ。

この「チャップマンの小人幻想」とは、具体的にどのようなものだったのか。興味を持ったので、あれこれと調べてみた。すると以下のようなことがわかった。
・チャップマンは(25歳になってからも)毎日のように(彼の寝室の壁の中に住む)小人たちと会話していた。
・小人たちは自分たちの社会を持っていた。チャップマンは小人たちの新聞やテレビに毎日登場した。
・彼は小人社会のヒーローだった。
・彼は小人たちの言動に癇癪を起こすこともあった。怒りにまかせて小人たちを殺した(!)こともあったらしい。しかし小人たちは彼を許した。

仲間が殺されても彼を許す?
理解しがたい話ではあるが、幻想とはそういうものなのだろう。一種の「願望充足」と考えることもできる。チャップマンにとって好都合の小さな社会・小さな出来事が(彼の寝室の壁の中に)歴然と存在していたのだろう。「幼い時に親から暴力をふるわれた子は、非常に大きな確率で暴力をふるう大人になる」と聞いたことがある。幼い心に受けた深い傷が仇となり、自らも暴力に対し制御できない大人になってしまうのだろうか。痛々しい話だ。

ともあれチャップマンはこの小人世界に君臨していた。彼はそうした自分を「小人社会のヒーロー」だったと称している。しかし実際は「独裁者」あるいは「暴君」といった君臨の仕方だった。
この小人幻想が一人で楽しむだけであったなら、チャップマンは襲撃に走らず、むしろ彼が生きていく上での心の支えになっていたかもしれない。しかし事実は悲劇となった。犯行に至るチャップマンの行動を追ってみよう。

【 10月決行は中止 】

・1980年10月。チャップマンはハワイのホノルルに住み、警備員(夜警)をしていた。
・レノンの伝記を読み、その金満生活を知って殺意を抱いた。
・レノン襲撃を小人たちに話し、賛同を得た。
・夜警をやめて銃を購入。
・レノン襲撃のためにホノルルを発ち、ニューヨークに向かった。
・ダコタ・ハウスの前で帰宅するレノンを待ち構えた。『ダブル・ファンタジー』(LP)を無言で手渡して、レノンからサインをもらった。
・その後心変わりし、自宅に戻った。

夜警をやめた男が、いとも簡単にホノルルで回転式拳銃を手に入れている。仕事として夜警を始めた男が拳銃を手に入れようとしたのなら話はわかる。「拳銃を手に入れる理由は?」とガン・ショップの店員は聞かなかったのだろうか。周囲の誰もがチャップマンのこの行動に不審を抱かなかったのだろうか。
こうした「銃がいとも簡単に手に入ってしまう社会」。これは今さら驚くまでもない。アメリカ映画を観ていたら、いたるところでそうしたシーンが出てくる。「銃を手に入れようとする理由?……そりゃあんた、この物騒な街を見りゃわかるだろ?」てな感じなんだろう。

チャップマンは10月に一度、レノン襲撃のためにニューヨークに行った。ところがその時は(なぜか)思いとどまってホノルルに戻っている。なぜ中止にしたのだろう。心の揺れだろうか。この点についてはあれこれ調べても、どうもよくわからなかった。
その後、頭を冷やして考えを改めれば良かっただろうに、彼は12月に再びニューヨークに向かうのだ。なぜ12月に決行しようとしたのか。じつはその理由に「ライ麦」が絡んでいる。
次回、「レノン襲撃とライ麦」(4/最終回)では、12月を選んで襲撃を実行したチャップマンの闇を語りたい。

【 つづく 】


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