【 魔の目撃 】(7)

キリンラガーを飲みながらキツネ男の話を検証した。
彼の説明により、昨夜、彼がとった行動がはっきりした。彼は現場での仕事が完了した後、一旦街に出て食事し、酒を買い、それから事務所に戻って、そこで寝泊まりしていたのだ。事務所のドアには鍵がかかっているのだが、窓に鍵はかかっていない。
「現場監督は……?」
「知ってる」
要するに「見て見ぬフリ」ということらしい。
「住んでる家がないのですか?」
これについては、彼は返事しなかった。「ある」とも「ない」とも言わなかった。複雑な事情があるのだろう。

…………………………………

昨夜、彼はいつものように酒を買って現場に戻ってきた。いつものように事務所の窓に手をかけたその時、近くで犬の声がした。とっさにしゃがんで暗闇に身を隠し、周囲の様子をうかがった。「ほとんど空き巣狙いだな」とそれを聞いて思ったのだが、もちろん余計なことは言わなかった。

しばらくすると犬を連れた人が近くまで来たのだが、どうも様子がおかしい。普通の散歩ではなく、犬を無理矢理に引きずっているような感じだ。犬の中にはしつけが足りないというか、飼い主のことなどまるでお構いなしに勝手な方向に行きたがる犬もいる。その類かと思ったのだが、それにしても犬の声が普通ではない。

じっと動かずに様子を見ていると、人と犬は近くを通り過ぎて、次第に遠ざかっていった。ずっと続いていた犬の悲鳴は気になったが、彼としてはそんなことよりも、さっさと事務所に入って缶ビールを飲みたかった。しかし窓から入るところを誰かに目撃されて通報などされたりしたら、厄介なことになる。なおよく周囲の様子をうかがい、もう大丈夫だろうと思ってゆっくりと立ち上がったとき、「ギャンッ」と大きな声がした。

驚いた彼は、そのまま事務所の壁に背を押しつけるようにして、じっと立っていた。犬の悲鳴ははっきりと聞こえたのだが、なにしろ空き地は暗くて、どのあたりから聞こえてきたのかまったくわからなかった。しかし直感で、「なんかあったな」と彼は悟った。「なんだか妙なことになってきたぞ」と思い、もしすぐそこの空き地で犬を殺したヤツがいるのなら、追いかけていってつかまえようかと思った。警察に突き出すのではない。「見逃してやるから」ということで、金をふんだくってやろうと思ったのだ。

……となると、すぐに行動しなくてはならない。どうするか少し迷ったのだが、「ええい、やったれ」という気分で飛び出そうとしたその時だった。足場からガシャッと音がした。彼が死ぬほど仰天したのは言うまでもない。

足場に誰かいる!……彼としては、それは現場監督以外に考えられなかった。点検でもしているのかと目を凝らしたが、それにしては懐中電灯の光ひとつない。
状況が読めずイライラした。空き地の方からは走り去る足音がした。やはり犬の気配は全く途絶えてしまっている。「殺ったな」と思った。恐喝の機会を失ってしまったのが残念だったが、目下の関心事は足場に集中しており、犬の方はもうどうでもよかった。

再びジリジリと苛立ってくる気分を我慢しつつ、様子を見た。ふと気がついたことがあった。足場にいるのが現場監督なら、自分はわざわざ隠れている必要などない。そこに気がついて楽になった。現場監督なら問題ない。それ以外のヤツだったら?……犬を殺ったヤツを逃してしまった腹いせに、こっちのヤツを恐喝してやろうか。そう考えて動こうとしたその時、足場を降りてくる足音がした。ギョッとしてその様子を見ていて、驚いた。
「大学!」
それはキツネ男が普段から「大学」と呼んでるバイト男だった。本名は知らないし興味もない。しかし大学なら恐喝するわけにはいかない。現場監督がこの男を重宝してあれこれ便利に使っていることを知っていたからだ。いわば大学は現場監督のお気に入りだった。そんな男を恐喝するわけにはいかない。それにしても大学はあんなところでいったいなにを?
半ば呆然と見送っているあいだに、足場を降りた大学は去って行った。

……………………………………   【 つづく 】

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