【 日本史魔談 】魔界転生(9)

【 手裏剣談 】

今回は前回に続き、忍者の話をしたい。忍者アイテムといえば手裏剣。少々余談めいた話になってしまうが、手裏剣の話をぜひ聞いていただきたい。

奈良のお寺で、忍者イベント開催中の会場をたまたま見かけたことがある。「どんな紹介をしているのか」と立ち寄った。「特に忍者ゆかりのお寺ではなさそうだが」と思ったり、「まあ外国人観光客向けのイッツ・ショータイムみたいなものだろう」とタカをくくったりで、なんの期待もせずあちこち見て回った。ショータイムは予想どおりというか、語る気分にもなれないようなひどいものだった(笑)が、寺の大広間を利用して展示された忍者アイテムは意外に面白かった。

特に面白かったのは、手裏剣である。いわゆる「十字手裏剣」というヤツだ。忍者装束のスタッフがすぐ近くに立っていたのだが、手のひらに無造作にポンと乗せて見せてくれた。「おっ」とちょっと驚くほどに、ズシリとくる重さだ。本物のレプリカという話だった。見るからに物騒な鋭いトンガリが十字方向に突き出ている。材質は鉄だろう。表面はサビ止めのためか黒く鈍い光沢だったが、四方向に突き出た刃の部分はギラッと銀色に輝いていた。「こんなのを投げつけられて顔面に当たったら」と想像するとゾッとするような代物だった。

銀色に輝く刃の部分をなんとなく眺めていたのだが、ふと注視した。数条の筋が輝いていた。明らかに研いだ痕跡だ。
じつは私は登山ナイフに凝った時期があった。毎年、自分の誕生日に1本ずつ買った。それを3年やった。なので3本の登山ナイフを持っている。穂高に行く時は「今回はどれを持っていくか」という気分でその3本を点検し、気が向くと砥石で研ぐことがある。しかし素人なので、職人のようには完璧に研げない。筋のようなものが刃に残ってしまうことがある。とはいえ、それもまた「自分で研いだ痕跡」とでも言おうか、素人研師(とぎし)の愛嬌とでも言おうか、味のあるものだと思っている。

私は目の前の忍者を見た。やや肥満で「これじゃ屋根の上を走るのはちょっと無理だろうな」と思われた。彼に質問したくなった。
「手裏剣も研ぐものなんですか?」
外見は忍者でも、中身はひょうきんな性格の男らしい。彼はのけぞったポーズをした。
「このバイトをして4年になるのですけどね、手裏剣を見て研いだのかと質問してきたお客は初めてですね」

彼もまた私に興味を持ったらしい。鹿皮でできた巾着のようなものを出してきて(奈良では鹿皮が安い)、中からガラガラと手裏剣を出した。4個ほど傍のショーケースの上に置いて眺め、そのうちの1個を選んで見せてくれた。
「刃の部分に御注目」
なるほどうっすらと赤錆が浮いている。
「ちょっと油断すると、こうです」
「結構、手入れが大変そうですね」

忍者は笑っていたが、「どうです? 投げてみませんか?」と誘ってきた。
私がとまどっていると、「無料ですよ。あそこに向かって投げるだけです」
彼が指差した先には、古い畳が壁に立てかけてあった。その無造作かげんがおかしくてちょっと笑い、その気になった。

「まずは好きなように投げてみてください」
好きなように投げた。右手の親指と人差し指にグッと力を入れて手裏剣を挟み、ざっと6mほどの距離から投げた。なにしろ鉄製だし、そこそこ重量はあるし、鋭いトンガリはあるしで「これは畳にグサリと刺さるな」と想像しつつ、思いきり投げた。

案の定というかブスッと突き刺さった。様子を見に行くと、思ったよりも深く刺さっていた。またしてもゾッとした。
「お見事!」
忍者は大いに喜んだ。大抵の客はおっかなびっくりで恐々投げるせいか、畳に届かなかったり、かろうじて届いたものの威力がなく畳に跳ね返されたりで、お話にならないらしい。
「最初から思いっきり投げる人も珍しい」

その後、彼は「正しい手裏剣の投げ方」を伝授してくれた。独特の投げ方で、手首をひねるようにして投げる。
これは手裏剣に回転を与えるためだという。なるほど「ただ投げる」よりも「回転を与える」方が威力が倍増するであろうことは容易に想像できる。銃の弾丸もそうだ。種子島銃はその設計の進化の過程で、筒の内部に螺旋状の筋が刻まれるようになったという話を聞いたことがある。銃口から発射された弾丸に回転を与えるためだ。同じ火薬で発射された弾丸でも、回転を与えた方が飛距離が伸びるだけでなく、着弾した時の威力が全然違うという。

帰宅した私は折り紙で十字手裏剣をつくった。最初はただ投げた。カーテンにたどりつくのがやっと、てな感じ。次に「回転を与える投げ方」をした。じつに気分よく真っ直ぐに飛んでカーテンにバシッと当たった。

【 つづく 】


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