これまで「新文芸座」「神保町シアター」「ラピュタ阿佐ヶ谷」という好きな名画座を紹介してきたが、もう一館渋谷に「シネマヴェーラ」という、よく通う名画座がある。ここも邦画・洋画問わず新旧の名作だけでなく、知らない作品やカルト的作品をやってくれる。
ここで初めて見たのは「幻の湖」「従軍慰安婦」「徳川女刑罰史」などそれまで見られなかった映画ばかりだ。本当に有難い。館主は内藤篤という方でご本業は弁護士である。映画館の経営も大変だろうが、ここまで徹底してやられるのは相当な映画ファンなのだろう。
先日見たのはずっと大スクリーンで見たいと思っていた、加賀まりこが若い頃に主演した64年の「月曜日のユカ」、66年の「とべない沈黙」であるが、ご本人のトーク付きという願ってもない企画。この2本と本人の40分程のトークがあり、4時間余り劇場にいて料金が1600円!という、実に贅沢な時間で大満足。
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先に見たのは「とべない沈黙」。名監督黒木和雄の長編第一作だ。
九州にしかいない蝶のナガサキアゲハが九州から北海道に行くまでのプロセスを、途中の萩や広島や大阪などの都市での男女のエピソードを絡めながら描いていく。
加賀まりこは一人で何役も演じている。モノクロ画面の撮影が魅力的な不思議な映画である。幻想的な部分と当時の社会のアクチュアルな問題(例えば広島の原爆の被害者の問題)がうまくクロスしていない憾みがあるが、当時23歳の加賀まりこが初々しく可愛い。小沢昭一、蜷川幸雄など鬼籍に入った人もいて昭和の懐かしさを感じる。一見に値する作品だと思う。
2本目は「月曜日のユカ」。中平康監督の代表作とされる。
これもモノクロの作品で、横浜で初老のパトロンと同世代のボーイフレンドがいる女の子ユカの日常を描く。体は許すがキスは許さない小悪魔的なユカは確かに可愛いが、「天然」ぽくて正直あまり魅力を感じることが出来なかった(ファンの方スミマセン)。黒の下着姿で登場するシーンもあるし、54年前の日本では大胆で斬新で、若者やオジさんたちには熱狂的に支持されたのだろう。
さて、その加賀まりこ女史のトークである。御年74歳の彼女、純白のスーツで登場された。司会の質問に答えて映画の感想や監督の印象や撮影時のエピソードなどを実に率直かつ歯に衣着せず発言されるので場内大いに盛り上がり爆笑の連続であった。私はいっぺんに現在の彼女のファンになってしまったくらいだが、スクリーン上の清純なイメージと全く違うから驚いてしまった。伝法で姉御肌なのである。
印象的だった彼女の発言を幾つか記してみたい。
◆「とべない沈黙」について
私、フランスから帰ってきてこの映画を始めて見たんだけど、後半眠くて。寝ないように手をつねってたわ。監督、ぼそぼそっとした人だから、カメラマンの鈴木達夫さん、この人優秀なのだけど、現場でテキパキ指示していたわよ。
◆「月曜日のユカ」について
日活撮影所は自分のいた松竹と違って開放的な明るい雰囲気で良かったわ。監督はいつも酔っぱらっていて、スチルを撮っていた斎藤耕一さんがほとんど演出してた。森英恵さんの衣装は嫌いだったわ。
◆その他
大映の社員だった父に勧められて16歳の時から煙草吸ってた。「美しさと哀しさと」では、レズビアンの役を八千草薫さんとやるから、どきどきしたのよ。
さて、好きな映画をもう一本!
加賀まりこが出ている映画で一番好きなのは篠田正浩監督の66年の作品「乾いた花」だ。出所してきた中年男(池辺良)が変わってしまった世に馴染めぬ虚無感が描かれるが、出会う謎の美少女の加賀まりこがいい。また、ヤクザの賭場のシーンが描かれる際の、ツボを振り客に丁か半か掛けさせる、その声が素晴らしい。40年ほど前に見たが、今でも、その「さー、どっちもどっちも」という声が脳裏に刻まれている。
(by 新村豊三)
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