カンヌ映画祭パルムドール受賞作「万引き家族」

是枝裕和監督「万引き家族」のカンヌ映画祭最高のパルムドール賞の受賞を喜びたい。
先行上映が行われ、6月2日に早速見てきた。カンヌで受賞したから言うのでなく、これは現代日本の家族と社会を捉えた見事な秀作だ。

映画「万引き家族」監督:是枝裕和 出演:リリー・フランキー 安藤サクラ 松岡茉優 樹木希林ほか

「万引き家族」監督:是枝裕和 出演:リリー・フランキー 安藤サクラ 松岡茉優 樹木希林ほか

スカイツリーが遠くに見える荒川近くのボロの平屋の一軒家に暮らす家族のほぼ一年の物語である。
冒頭、父と子でスーパーから万引きをした後、途中独りぼっちでいる女の子を見かけて家に連れて帰り、成り行きで引き取って暮らし始める。

そのボロ屋のあまりのボロさ、汚さ、乱雑さに、私は呆然としつつも(美術がスゴイ)、そこで夕飯を平然と食べる家族に引き付けられてしまう。この家族の構成は、祖母、父親・母親、その母親の20代の妹、そして男の子の5人、プラス加わった女の子。
この家族はヒドい住環境に暮らして低収入なのだが、少しも暗くなく仲も良いし、笑いもあり暖かい。樹木希林が演じるばあちゃんは連れてきた女の子にお麩を食べさせてあげる気遣いを示す。

実はこの家族はワケあり家族だ。この映画の美点はまず優れたストーリーにあるから、その家族の秘密に触れないのが礼儀だろう。話が展開していく中で、貧困、格差、児童虐待、若者の孤独、老人の年金の問題など現代の諸問題が出てくるが、自然に描かれているせいか、不思議に重い満腹感がない。この家族に温もりがあり、そんな問題を越えるような生き方をしているからかもしれない。
是枝監督は過去に2003年の「誰も知らない」で育児放棄を、2015年の「そして父になる」で家族の血の繋がりをテーマにしているが、この「万引き家族」のテーマはそれらの作品に通低している。

役者の演技が素晴らしい。子供二人に至るまで全員良いが、特に、歯がなく髪が長い老婆の樹木希林の俗を超越したような絶品の演技、また、それを上回るかと思われる母親役の安藤サクラの「女」と「母性」が滲み出る演技がいい。ラスト近く、すっぴん顔で、息子にある情報を教える優しさには、切なくて涙にじんでしまった。
ラスト、息子も、ある思いを持ってある行動を取ったことが分かる(詳しく書けぬのがもどかしい)が、彼が新しい生き方を選択したことにも心打たれた。それもあって、この映画はこれまでの作品より奥の深い映画になっている。監督の最高傑作だと思う。

ユーモアが随所に現れるのもいい。何せ、父親役がリリーフランキーだから可笑しみが生まれないわけがない。家で妻に向かって言う台詞(「背中にネギが付いてるよ」)、海で息子に言う台詞(「勃っても病気じゃないよ」)には大いに笑いを誘われた。脚本も監督自身の手になる。双方担当して見事なものだと思う。
夏の花火、冬の雪などを捉えた撮影もなかなか印象的。花火を家族みんなで見たり、雪だるまを親子で作ったりする行為がなにか人間らしい暖かいものを感じさせる。
この映画は年に1・2本しか映画を見ない人も、何十本と見る映画ファンも満足させる映画ではないか。劇場で見ることを是非お勧めしたいと思う。

映画「海よりもまだ深く」監督:是枝裕和 出演:阿部寛 真木よう子 小林聡美 リリー・フランキーほか

監督:是枝裕和 出演:阿部寛 真木よう子 小林聡美 リリー・フランキーほか【amazonで見る】

さて、好きな映画をもう一本!
15年の「海よりもまだ深く」も是枝作品の中で大好きな映画だ。これは東京近郊の清瀬の団地を舞台にした映画だが、監督自身がこの団地で育っている。
ここで育った姉と弟は既に団地を出て、今は樹木希林演じる老母が一人暮らす。弟は作家を目指したものの上手くいかず興信所で働き、お金に困り、姉に借金したり母親の貯金通帳を探したりする。
一人息子は離婚した妻に引き取られている。元妻に恋人がいると分かると心中穏やかではなくなる。そんな人間くさいダメ中年男を阿部寛が上手く演じている。
私の職場にこの団地で育った、是枝監督の中学の先輩に当たる(担任まで一緒)同僚がいる。私が毎日乗る通勤列車もこの街を通る。そんな個人的な親近感もあるが、この家族にそそぐ監督の目は暖かく、とてもいい作品になっている。

(by 新村豊三)

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『万引き家族』のテーマを掘り下げた斎藤オーナーのエッセイはこちら「苦甘い水」

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