ここ数年いろいろな国で認知症高齢者を描く映画が製作されている。
現実にこういう高齢の方が増え、様々な問題が生まれているのだから、当然映画も現実を反映する。国により、製作者の個性により、作られた作品は様々な様相を見せている。今回は、このテーマの、フランス、日本、アメリカの代表的な映画を紹介したい。
まず2013年公開のフランス映画「愛、アムール」。
パリのアパルトマンに人品穏やかな老夫婦が中流の暮らしをしている。奥さんは目が綺麗で童女がそのまま老いた様子の女性だが徐々に認知症を発症していく。音楽家だった夫は予期せぬ事態に狼狽する。
結末は既にご存知の方が多いだろうから書いてしまうと、介護に疲れた夫は突然、枕で妻の顔を覆って窒息死させてしまう。
公開当時この映画を見た私はこの結末に暗澹とし、やるせない思いを抱いたことを覚えている。離れて暮らしてはいても娘がいるのだから相談するとか、公的な機関にアドバイスを求めるとか他に策は無かったのだろうか。
あろうことか、キネマ旬報でこれがこの年のベストワンの作品に選ばれたことには驚き不満を感じた。こういう絶望を描く作品が評価されるのか。あれから、5年が経過した。私も還暦を過ぎた。今、見直したら、違う感想を持つのだろうか。
次は昨年度公開の日本映画「八重子のハミング」だ。これは、実話を基にしており、妻に認知症の症状が生じたため、山口県萩市の高校の先生をしていた夫が仕事を辞めて11年間妻に連れ添って介護をし、その死を看取る映画だ。尚、この時代は介護制度がまだ充実していなかった頃の話である。
夫役の升毅(ますたけし)、20数年ぶりに映画復帰を果たした妻役の高橋洋子の好演に加えて誠実な演出があり、心を打つ佳作だった。地味な映画ながら静かにヒットし、ロングランを続けた。
私にはこの映画は、「愛、アムール」に対する日本の作り手からの「アンサーソング」(返歌)のように思えた。即ち、老いて認知症が出た時、かの地のように発作的に殺めてしまうのでなく、現実を受け入れて東洋的な情で接していく、という考え方を提示しているように思えた。身内の介護をしたことがなくて甘いキレイごとを言っているのかも知れない。お前も同じことがやれるかと問われればたじろぐだろうが、この映画は心に沁みた。
さて、好きな映画をもう一本。2月に見たアメリカ映画の新作「ロング、ロングバケーション」には驚いた。実はほとんど予備知識なかったが、好きな英国女優のヘレン・ミレンが出ているのと、夫婦の旅の映画だから美しい風景が見られるのではないかという位の気持ちで見に行ったのであったが。
認知症が出ている元大学の教授である夫と、体の具合が悪いらしい妻が愛用のキャンピングカーに乗り、南のフロリダの都市を目指す。夫が妻を乗せないまま車を発車してしまったり、途中で強盗に遭いそうになったりと、ハプニングが起こりながら、ユーモラスに旅は続いていく。
途中とても印象的なシーンがある。二人は宿泊先のキャンプ場で、夜ごと、シーツをスクリーン代わりにして家族旅行などの写真をスライド上映する。子供が小さかった頃の懐かしい至福の時間が蘇る。生きて来た時間を確認し合い愛おしむ。このシーンはとても良かった。
芸達者のヘレン・ミレンは今回も上手い。昼は元気なしっかり者のお婆さんだが、夜になるとカツラを外し、短く刈り上げた白髪に戻って薬を飲む。その対比もいい。彼女も重い病気であることが分かってくる。
二人は無事に目的地に辿り着く。さて、そこからがこの映画の一番の肝のところだが、これは書かないのが礼儀であろう。
作り手は、これまでの映画に於ける認知症高齢者のイメージを踏まえて、現代の老いと終活に関して新しい考え(言い換えれば、哲学)を提示している。人によっては呆然としたり反発したりするするだろうが、私は素直に納得してしまった。いや、将来自分もお手本にするかもしれない。
これも「愛、アムール」へのアメリカからの返歌あるいは「止揚」であるように思えた
(by 新村豊三)
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