スケール大きなカンニングを描くタイ映画の快作「バッド・ジーニアス 危険な天才たち」

期待を上回る、高校生のカンニングを描くタイ映画の登場だ。カンニングと言っても古典的なちゃちなものではない。スケールが大きく、「集団カンニングプロジェクト」とも呼ぶべきものだ。

映画「バッド・ジーニアス 危険な天才たち」監督:ナタウット・プーンピリヤ  出演:チュティモン・ジョンジャルーンスックジン チャーノン・サンティナトーンクン他

監督:ナタウット・プーンピリヤ  出演:チュティモン・ジョンジャルーンスックジン チャーノン・サンティナトーンクン他

アメリカの大学に留学するため高得点を取りたいタイの金持ち家庭の高校生から報酬を得て、裕福でない家庭の超秀才の高校生男女二人が何とオーストラリアのシドニーに渡り、時差でタイより4時間前に実施される試験を実際に受けて(答えは全て記号式マークシート)、その解答を記憶し、休み時間にそれをメールでタイに送ろうとする吃驚仰天のカンニング大作戦なのだ。
タイでは仲間がいて刻々と送られてくる答えを、これまた工夫して、客である受験生に伝える準備を続ける。というように、この映画はなかなかに話が良く出来ているのだ。
その、自ら受験をして答えを送ろうとするシーンが28分ほど、緊張感と共に続いていく。手に汗握った。書きながら、その駆け引きのスリリングな展開の興奮が蘇ってくる。
よくこんな手口を考え付いたなあと思うが、何と、中国で実際にあった事件を基にしている由。

タイの教育事情については何も知らないのだが、映画から想像されるのは大きな所得格差が存在し(登場する、同じ高校の高校生は一方はプール付き高級マンションに暮らし、一方は貧しい片親のクリーニング店)、富める層は留学で箔を付け益々リッチになるのだろう。
この映画がタイ映画史上興行成績の第一位(!)というのは映画そのものが抜群に面白いことに加えて、そんな教育体制への批判が込められていて、そこが支持されたのではなかろうか。
カンニングの是非はさておき、ラスト、映画はほろ苦い余韻を残す。つまり、主人公が人間的に成長を示していることが分かる。そこがこの映画のいいところだ。

映画で感心したのは音楽の使い方が上手い。よく知られたピアノの曲(これはカンニングの手口にも関係してくる)や華麗なモーツアルトの曲の使い方などだ。
また、携帯がこの映画で重要な役割を果たすが、小出しで送られてくる試験の解答が届く時の着信メールの音が実に効果的だ。ハラハラする。ここまで携帯の音までが効果的だった映画はないのではないか。
主役の女の子にも触れよう。モデル出身で(背が高い!)演技は初めてらしいが、前半クールだったのが後半は必死の表情をしたり、困惑の色を示したりするところなど中々いい。

少し映画から離れる。蛇足ながら、映画での試験は「STIC」と呼ばれているが実際は「SAT(学力適正検査)」だろう。この試験は英語と数学に分かれているが、数学の方は驚くほど易しい。大学受験の試験なのにレベルは中3である。一番レベルの高い問題で「三平方の定理」レベルだ。一方、英語の問題の難しさと言ったらない。語彙のレベルが高すぎるのだ。英語と数学の問題の難易度の落差に驚かぬ日本の受験生はいないだろう。

映画「アタック・ナンバーハーフ」監督:ヨンユット・トンコントーン  出演:チャイチャーン・ニムプーンサワット ゴッゴーン・ベンジャーティグーン 他

監督:ヨンユット・トンコントーン  出演:チャイチャーン・ニムプーンサワット ゴッゴーン・ベンジャーティグーン 他

さて、好きなタイ映画をもう一本!
微笑みの国と呼ばれるタイは実はゲイや男性の性転換者が多い国である(柔和な顔立ちの若者が多い)。そんな現実を反映したスポーツコメディ映画の佳作が2001年日本公開の「アタック・ナンバーハーフ」だ。
このタイトルは、バレーボールの選手の活躍を描く日本のアニメ「アタックNO.1」と性転換者の「ニューハーフ」を重ねた絶妙のタイトルである(因みに英語のタイトルは「The Iron Ladies」で、チーム名を表わしている)。
確か国体だったと記憶するが、性転換者たちがバレーボール大会に出て、自らのプライドのために猛練習をして勝ち上がってゆく実話に基づいた話だ。
公開されたのはLGBTにまだまだ違和感を抱いていた時代だが、その時も大いに笑ってジンと来た。今見たら、登場人物たちの心情がもっとよく分かるかもしれない。

(by 新村豊三)

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