素晴らしきアジア映画。中国の「小さき麦の花」、韓国の「別れる決心」と「レイトオータム」

深々とした感銘を受ける中国映画を観た。中国西北の田舎の村の、見合いで一緒になった極めて貧しい農家の男と女の生活の日々を綴る「小さき麦の花」である。
厳しい生活の中に、ほの温かさと慈しみがある。遅い結婚をした、口数少ない50歳ほどの夫と障がいを持った妻が村のはずれで、ロバと共に労働をし、手作りでレンガを作り、新しい家屋を作って行く。そのプロセスにずっと引き込まれた。

監督:リー・ルイジュン 出演:ウー・レンリン ハイ・チン他

監督:リー・ルイジュン 出演:ウー・レンリン ハイ・チン他

私は昭和29年生まれ。父親が農家の出身だったので、幼いころ、親と一緒に、映画のような体験をした記憶が微かに蘇った。土に藁を入れ足で踏んでレンガにする、土壁を作る、麦を刈る、麦の匂いを感じる。そういったことだ。

特筆すべきは映像の美しさ。幾つも感嘆したショットがある。例えば、夕方、夫が遅れて帰ってくるとお湯を用意して、外で待っていた妻の持つランプの灯りの黄土色。ヒヨコを飼う段ボール箱の、空けた穴から出る光。家の屋根に幌(?)を張るときのカメラの動き。小さな川で、妻の体を洗ってあげる時の怖いほどの急流。
これだけ愛し合う夫婦像ってあっただろうか。「愛」という西洋由来の言葉でなく、「慈しみ」という東洋の言葉を使うべきか。厳しい労働の中から希望が生まれていく。見ながら、新藤兼人の名作「裸の島」(1960年)を思い出したりした。

これが、単なる愛の寓話でなくて、ロバの映画にBMWが登場し、ちゃんと中国の現在を刻印した今の時代の映画となっている。作り手は、今の、お金万能主義が醜いのでは、と静かに訴えていないだろうか(それにしても、こんな映画が登場するなんて、中国映画、恐るべし)。
結末はつらい。しかし、沢山の方に見てもらいたいと願う。

「別れる決心」監督:パク・チャヌク 出演:パク・ヘイル タン・ウェイ他

「別れる決心」監督:パク・チャヌク 出演:パク・ヘイル タン・ウェイ他

次は、昨年のカンヌ映画祭で監督賞を受賞した韓国映画「別れる決心」。夫殺しの疑いのある人妻に、事件を捜査するエリート警部が惹かれていってしまうミステリードラマ。面白い。ちょっと長いけれど。

韓国映画では「メロ」と呼ばれるジャンル、すなわち犯罪のメロドラマだ。だからラストに流れる「霧」というムード歌謡曲が雰囲気に合う。古い革袋に新しい酒を盛った映画だ。今の時代を反映して、エリート警部は不眠症を患うし、「ファムファタール(運命の女)」たる女は中国から韓国に来た女であり、生活や捜査にスマホや翻訳アプリなど現代のデジタル機器が使いこなされる。警部の妻は学歴高いキャリアウーマンだ。

監督の「演出」の技量の高さを味わう映画だろう(人間ドラマは大したことがない)。マーラーが三回流れた。撮影が素晴らしい。カメラワークにハッとするところもある。犯罪現場の巨大な岩の撮影なんて見事だった。また、ラストの海岸のシーンの撮影も迫力あった。
警部役のパク・ヘイル好演。繊細そうに見えてガタイが大きい。男の色気もある。彼はポン・ジュノ監督の傑作「殺人の追憶」(2003)の容疑者役で注目された。女も、私好みと思っていたらアン・リーの「ラスト、コーション」(2007)のタン・ウェイだった。だから中国語も堪能なのだ。
監督は、何だか登場人物をいじめて楽しんでいるかのようだ。それ故に、ラストに見せるパク・ヘイルの苦悶に満ちた表情がいいのだ。

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好きな映画をもう一本! タン・ウェイが、「愛の不時着」のヒョン・ビンと共演した作品が「レイトオータム」(2011年)である。
これは韓国映画であるが、舞台はアメリカ。タン・ウェイは中国系アメリカ人で殺人事件を起こし服役中だが、模範囚であるために、母親の葬儀に出るため3日間の一時帰宅が許される。故郷シアトルへ向かうバスで、米国で暮らす韓国人青年ウォン・ビンと知り合い、二人は恋に落ちる。しかし、二人には別れが待っている…

陰影ある撮影が素晴らしい。また、ファンの「沼落ち」という言葉を生んだヒョン・ビンが、長髪髭面の兄チャンをやっているのが、とても興味深い。軽薄だが人はいいのだ。
この映画の元になったのは韓国の歴史的名作「晩秋」(1966年 プリントは現存しない)。何回もリメイクされてきたが、今度は舞台がアメリカで、英語・中国語・韓国語の三言語が話されて独特の雰囲気がある。
尚、岸恵子と萩原健一が共演し、ショーケンの出世作となった1972年の「約束」も「晩秋」のリメイクだ。二人が出会うのがバスでなく、日本海を走る列車だった。情感に溢れたこの映画も忘れがたい。

(by 新村豊三)

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