個性派俳優 樹木希林の遺作「日々是好日」

9月のある日の朝、樹木希林の死去を伝えるニュースをテレビで知った時、驚き悲しい気持ちになった。ガンにかかっている事は知っていたが、今年も「万引き家族」「モリのいる場所」の2本の新作で元気な姿を見ていたから、あと数年、あるいはずっと大丈夫だろうと思っていたのだ。

亡くなられてからマスコミで付けられる「名優」という言葉にはやや抵抗がある。まことにユニークな個性派の役者であったと私は捉えたい。若い時のイメージからこれほど変わった役者はいないのではないか。
テレビでは変わった個性の役が多かったが、若い頃の映画、例えば1970年の「男はつらいよ フーテンの寅」では純情な旅館の仲居、1977年の「はなれ瞽女おりん」では仲間を気遣う瞽女を演じている。
日本映画好きなら誰でも分かっているが、彼女は2012年の「わが母の記」あたりから味のある老婆を演じるようになって注目を集め出した。その後、是枝裕和監督映画の常連になったが、私は特に「海よりもまだ深く」が好きだ。河瀨直美監督の「あん」のハンセン氏病患者役も印象に残る。

  

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さて、映画から離れるが、夫のロックンローラー内田裕也と夫婦関係がよく続いたなあと感心する。朝日新聞に連載された彼女の聞き書きによれば、実際に暮らしたのは3か月足らずだったらしい。
内田裕也氏とは一度だけお話をしたことがある。1983年の湯布院映画祭の時、彼が企画主演した、警官が郵便局強盗をして堕ちてゆくハードボイルド映画「十階のモスキート」のシンポジウムで彼を前にして酷評してしまった後の、夜のパーティであった。
よせばいいのに、他の参加者が私のことを学校のセンセイと紹介してしまったのだ。怖いイメージを抱いていた内田氏を前にどうなるかと緊張していると、何と姿勢を正したままでゆっくりとした口調で「私の姉も教師です」と言うのだ。ビックリした。お姉さまは横浜の小学校の先生だった。
その後知ったのだが、お兄さんは一橋大を卒業されている。何を言いたいかと言うと、破天荒な内田裕也氏は教育にも関心の高い、結構いい家庭のお育ちではないか、ということだ。また、実は、融通が利かないくらい真面目な人柄だと思うのだ(少なくともその頃は)。だからこそ、このご夫婦はお互いピュアなものを相手に見出して惹かれあったのではないかと思う。私の勝手な推測だが。

さて、やっと最後に、好きな映画を一本紹介したい。残念ながら彼女の最後の作品となってしまった新作の「日々是好日」(映画の中で知ったが「にちにちこれこうじつ」と読む)だ。

映画「日々是好日」監督:大森立嗣 出演:黒木華 樹木希林 多部未華子ほか

「日々是好日」監督:大森立嗣 出演:黒木華 樹木希林 多部未華子ほか

大学2年の女の子が、樹木希林扮する師匠から表千家の茶道の指導を受け、20数年が経過することになるストーリーだ。映画の感想は一言で言うととても面白く、好きな作品。見ながら茶の魅力が分ったような気がした。また初めて知ったことも一杯あった。例えばお菓子をお茶より先にいただく、とか、大事な器は干支に合わせて12年に一回ずつ使うとかいったことだ。

途中、お正月の「初釜」の様子が描かれるが、茶室には沢山のお弟子さんが皆和服を召して登場し、御婦人方が本当に華やぎ艶めいて見えた。画面が和服の女性で一杯になるというシーンを見なくなって久しい。眼福とはこういう事かと思った。実は劇場で初めてだが、隣ともう一つ隣に和服をお召しになった40代、60代の女性がお座りになっていた。茶道を嗜んでおられる方と推察するが、画面の中と現実がクロスするようでシアワセな感じがした。

この映画がいいのは、主人公の成長の精神史が描かれることもあるだろう。今の時代を生きているという感じがした。演じた黒木華(はる)が自然体でなかなかいい。

樹木希林は、5月の「万引き家族」では歯が欠け、体も曲がった老婆を見事に演じていたが、今度の映画はスキなく和服を着こなし背筋もしゃんとした、見事なご高齢の婦人だった。最後の作品もいい作品で、またよかったと思う。

(by 新村豊三)

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