白黒スイマーズ 第4章 ヒゲの小石チェーン店(4)


「フンボルト一揆だよ!」

疲労困憊の工場にいるフンボルト一族は、その声に反応し、部屋に入ってきた兄妹、兄の分堀戸(ふんぼると)ボルルと妹ルトトに注目した。兄妹からは、腹撫でによって発生した若く熱いペンギンオーラが漂う。そのペンギンオーラはすぐにフンボルト一族に伝染した。

「そうだよ、このままはおかしいよ!」

「みんなで立ち向かえば、比毛(ひげ)社長も分かってくれるさ!」

「比毛社長の元に行こう!」

出入口に殺到する一族を、

「待って!」

とボルルが制した。

「みんな、比毛社長は……強い。だから、念の為、僕達も同じようにヒゲをつけて、小石を持って行こう!」

フンボルト一族は、「うんうん」「そうだそうだ」とボルルに同意し、自分たちが今まで作っていた付けヒゲを付け、こちらも作りたての小石を両フリッパーに握りしめた。そして、次々と工場を後にする。サイレンは鳴り続けるが、もう止めることはできない。フンボルト一族は向かう。比毛がいるはずの小石チェーン店、ホドヨイ区海岸通り55号店へと。

ほどなくして、店に着いた。比毛が一人で店内にいるのが窓から見える。フンボルト一族は、静かに店を取り囲んだ。以心伝心で動いているようだ。どのフンボルトのクチバシも開いていない。無言……のはずなのだが変な音がする。その音は、合唱のように鳴り響き出した。

「ぐー」

「ぐるぐるきゅー」

腹の音である。一族は、みな空腹なのだ。声は出せなくとも、腹の音ならいくらでも出せる。腹音による抗議、これこそが、後にペンギン史に刻まれる「フンボルト一揆」である。

「あれ?」

店の中にいた比毛は、ようやく外の様子に気づいた。「ぐー」「きゅるきゅる」という異音が店を取り巻いている。比毛が窓から外を覗くと、何十人ものフンボルトペンギンが、付けヒゲを付けて、フリパーに小石を握りしめ、こちらを向き、静かに店を取り囲んでいるのが見えた。比毛は、体格がいいとはいえ、たった一人……。多勢に無勢、勝てるはずがない。音量が増していく腹音の中、恐ろしさで比毛の全身はガタガタと震え出した。自慢のヒゲを触ってみても一向に落ち着かない。居ても立ってもいられない比毛は、陳列している小石を次々と店の中央に夢中になって集め出した。

そんなフンボルト一族が取り囲む異様な雰囲気の小石店に、向かってくるペンギンが一人。チンドン屋のようなカチューシャを揺らし、ロックバンド・シュレーターズの新曲を口ずさんでいる。フリッパーに抱えているのは、配達の酒ケース。キングペンギンの王である。

「あれー?ボルル君たち、一族で何してんの?」

なんの緊張感もない王は、カチューシャを揺らしながら、ボルルとルトトの兄妹に近づいた。

「フンボルト一揆です」

兄ボルルが、栄養不足の目をランランペンペンと光らせ、王に答えた。

「一揆!?なんだか怖いなー。あれ、ボルル君達って小石工場で働いているんだっけ?」

「そうです。ひどい契約書があって……僕達すごく大変なんです」

王は、首を傾げた。

「契約書?それはおかしいね。私は、おさかな商店街の会長だからよくわかるけど、商店会の会則はひとつだけだよ。『どのペンギンも自由であれ』というやつさ。それに反している店は出店できないよ。だから、比毛さんの契約など無効だけどね。おかしいねー」

フンボルト達はざわついた。王は気にせずカチューシャを揺らしながら話を続ける。

「それにさ、ボルル君もルトトちゃんも一族みんなも、随分お腹空いているみたいだけど、こんな所にいるより、他に行くところがあるんじゃないの?」

「えっ……?」

その時、兄ボルルの目は、王ではなく、その背後に輝く海にピントがあった。妹ルトトも王ではなく海を見ている。ルトトは、フリッパーを海に一直線に向けた。

「お兄ちゃん!海よ!私たちには、海があるじゃない!」

フンボルト一族の視線が一斉に、海に向けられる。みな、クチバシが開いている。

「確かに……」

「その通り」

「私たちには、海がある……!」

ルトトが付けヒゲを外して、兄ボルルを見た。

「ボルルお兄ちゃん……」

ボルルは、ルトトに向かい「うん」と言うと、かすれた声で叫んだ。

「フンボルト一揆、中止!」

その声を合図に、フンボルト一族は次々と付けヒゲを外して空に放り投げた。たくさんの付けヒゲが宙に舞う。そして、フンボルト達はフリッパーに握った小石を飲み込んでいった。痩せて軽くなった体に、小石がずしりと重みを増す。潜水しやすくなった体を揺らし、一族は、目の前の海に向かい一心不乱にペンペンと走り出した。

ボルルとルトトも小石を飲んだ。

「行こう!」

「うん!」

兄妹は、フリッパーをつなぎ、海へと向かう。しかし、少ししてから、思い出したように最後尾で走るボルルとルトトが振り向いた。

「王さん、ありがとう!」

フンボルト一族が、海へと次々と飛び込んでいく様子を見た王は、

「フンボルトペンギンって、真面目過ぎるのが長所でもあり欠点でもあるんだよなぁ~」

と誰ともなしにそう言うと、威勢良く比毛の店のドアを開けた。

「酒の配達でーす!……あれ?」

王が目の前にあるのは、店の中央に積まれた中型ペンギンの背丈ほどの高さはある小石の山だ。

「比毛さん、お酒の配達だよー。分堀戸一族は海に行ってもういないよー」

しばらくすると、小石の山の天辺から小石がバラバラと崩れ出した。そして、その小石の山の中から、恐る恐る現れたのは、灰色に薄汚れた比毛である。

王は比毛を見ると、配達の酒ケースを床に置いた。そして、大切なカチューシャを頭から外し、その酒ケースの上に丁寧に乗せると、大きな体で一歩、小石の山から顔だけを出す比毛に近づいた。フリッパーを胸の前で組んだ王の姿は、いつもの天真爛漫な王ではない。

「比毛さん、おさかな商店街の会則、知っているはずだよね?」

王は、おさかな商店街の会長「王」として、堂々とし凛としている。

「……はい。ついつい商売に夢中になってしまって……フンボルト一族に悪いことをしてしまいました……」

汚れた比毛の瞳から大粒の涙が溢れ出した。

* * *

「阿照さん、豆絞りやめたんだ」

「あ・王さん、こんにちは」

フンボルト一揆から数週間経ったある日のことである。阿照は、とある店から出てきたところを酒の配達中の王と鉢合わせた。今日も例のカチューシャを付けている。

「……もしや、阿照さん、買ったの?」

「うん……買っちゃった」

阿照は、持っていた買い物袋を恥ずかしそうに後ろに隠した。

「フンボルト一族のほとんどは専業漁師に戻って比毛さんの工場は閉鎖だし、小石チェーン店も全部なくなっちゃったね。だけど、55号店の後に開店したこの新しいお店は、なかなか評判いいよね」

二人の前の店には看板が出ている。そこに書かれている文字は、「分堀戸ボルル&ルトト特製手作り一点物!~幸せを呼ぶヒゲのパワーストーン店~」である。

「……でも、本当に願い事に効くのかな?」

「効くよ!僕こんなに買っちゃったよ!」

ムキになる阿照に、王は、カチューシャを揺らしながら言った。

「まぁ、比毛さんとボルル君達は和解したし。職人気質の兄妹と、商売上手の比毛さんはいいコンビかもしれない。しかも、楽しんで丁寧に作っているから効くかもしれないけど……。でも、つくづく思うよ。比毛さんも相変わらず商売がうまいなって」

「商売がうまい?そんなんじゃないよ!本当に絶対にマジで効くんだよ!この小石、じゃなくて……パワーストーン!」

興奮した阿照は、買い物袋から灰色の薄汚れた小石を一つ取り出し、ウットリと眺めだした。その小石にはシールが貼られている。王は、シールの文字「これでモテモテ!恋愛成就パワーストーン」を読むと、「ふーっ」と魚臭いため息をひとつ。そして、夢中で小石を見つめ続ける阿照を残し、比毛のパワーストーン店のドアを開いた。

「いらっしゃいませぇ~」

比毛の裏声が、灰色の薄汚れた小石が並ぶ店内に響き渡った。

(第4章 ヒゲの小石チェーン店 おわり)

※次回は「第5章 ロイヤル紅茶館 マナー教室」です。お楽しみに!


浅羽容子作「白黒スイマーズ」第4章  ヒゲの小石チェーン店(4)、いかがでしたでしょうか?

『どのペンギンも自由であれ』が唯一の会則とはさすがおさかな商店街、素敵です。腹音でブラック・比毛社長を改心させた無血フンボルト一揆、そして海!やっぱりこうでないとね、ペンペン♪ボルルとルトトの特製パワーストーン、あなたもおひとついかがですか?さて次回からは新しいお話。新キャラ登場の予感……お楽しみに!

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