白黒スイマーズ 第8章 小さな二人の大きな商売(2)


古潟(こがた)と羽白(はねじろ)が、秘密裏に新しい商売に向けて動いているという噂は、瞬く間にホドヨイ区のおさかな商店街に知れ渡っていた。ヌルイ区に近い貴族のロイヤル紅茶館のある通りの広い空き地に、何かを建築中なのだ。しかし、建築現場の周囲は高い囲いが設置されていて、中の様子を伺うことはできない。しかも、羽白組の大工達や古潟水道店の社員達は夜中に作業をしているので、さらに秘密めいているのだ。しかし、工事がそろそろ終わりそうな気配なのは察せられた。もうすぐ開店しそうということもあり、おさかな商店街で、今、最も注目を集めているのは、この古潟と羽白の新しい店のことなのである。

そんな新しい謎の店の話題で持ちきりのある日のことである。

「ねぇ、王さん。ロイヤル紅茶館の近所に建てているアレ、貴族さんが『この通りがうるさくなる』と怒っていたけど、何を作っているかは教えてくれなかったんだ。王さんは知っているよね?」

「もちろん、おさかな商店街会長の私のところには、新しい店の申請は出ているよ」

王の酒屋に魚ジュースを買いに来た阿照(あでり)は、買ったばかりの魚ジュースをその場でゴクゴク飲みながら、王を相手に世間話をしていた。

「で、何の商売なの?」

「古潟さんと羽白さんに絶対に口外するなって強く言われているから言えないよ……。それに、二人とも気が強いしさ、怒ると怖いんだよね」

阿照は、魚ジュースを半分飲み終わると、横目で王を見ながら、あきれるようにクチバシの先で軽く笑った。

「王さんってさ、皇帝さんの次に大きいじゃん。あんな小さいペンギン達を怖がっているなんておかしいよ」

「確かに、私の半分以下の大きさだけど、彼らの威圧感と野心は体の大きさとは関係ないんだよ」

「変な王さんだな。古潟さん達って、いつも転びそうな感じで前のめりで歩いているし、踏んづけちゃいそうな小ささだぜ。怖がるなんておかしいよ」

「そんなことないよ」

「で、あのチビちゃん達、何の商売始めるの?僕だけに教えてよ」

阿照は息巻いて王に話し続けていたが、王の様子がおかしいことに気がついた。頭につけているシュレーターズカチューシャを揺らしながら、クチバシをパクパク開けている。

「イテッ!」

ふいに、阿照は、横腹を何かが突いたような痛みを感じた。腹をフリッパーでおさえ、視線を下げると、そこには、小さなペンギンが二人いる。噂のペンギン、古潟と羽白だ。

「おい、小僧。前のめりに歩いて、踏んづけそうになるくらい小さくて悪かったな。でも、俺らの熱意は誰よりも大きいぜ」

古潟は小さく鋭い視線を阿照に向けて言った。

「おうよ、古潟の言う通りだ。お前、見た目で判断するなんてペンギン度量が小さすぎるぞ。若造よ、お前は何も分かってない」

ねじりハチマキをイナセに巻いた羽白が加勢する。

「俺らは、陰口たたくようなアンポンタンペンな軽薄ペンギンなんて相手にしてる暇なんてない」

「そこどけよ」

魚ジュースを手に持ったまま固まっている阿照に古潟と羽白は畳み掛けるようにまくし立てた。二人は阿照の半分くらいの大きさだが、一瞬で阿照との勝負はついている。固まっていた阿照は、すごすごと動き出し、

「そんなつもりで言ったんじゃないよ」

とブツブツと弁解しつつ、にじり寄るように出口に移動しそのまますっと消えるように出て行ってしまった。

「王さんよ、あのアホンダラに黙ってくれていてくれて、ありがとな」

「俺たちの新しい商売は、開店の日に発表して、皆があっと驚くようにしたいからよ」

古潟と羽白は、王の尻の下あたりを軽くフリッパーでペンペンと叩いた。

「うん、話したいけど、がんばって話さないようにしているよ。で、二人は今日は何の用事だい?」

「祝酒の注文の相談にしに来たんだ」

古潟は、小さい体の胸を張ってみせた。

「お、そろそろ開店なのかい?」

王は、話しながら古潟と羽白をそれぞれ抱きかかえると、来客用の椅子の上に乗せた。

「そうだ、いよいよだ」

椅子に乗って王と同じ視線になった古潟と羽白は、曲がった背を伸ばし自慢げにニヤリと格好良く笑った。

* * *

「昨日は、タイミング悪く古潟さんと羽白さんに怒られてしまって、何だか気分悪いな」

阿照は、昨日の古潟達との一件で、自分が悪いとはいえ何だかスッキリとしない気分だ。

「そうだ、気分転換に、比毛さんのパワーストーン店に注文していた特製パワーストーンを取りに行こう。そろそろ出来ているはずだ」

急遽、阿照は、プロマイド店を臨時休業にし、比毛のパワーストーン店へ行くことに決めた。ペンペンとした気分で歩き、行きつけの店「~幸せを呼ぶヒゲのパワーストーン店~」に着いた。

通い慣れた比毛の店のドアを阿照が開けると、いつもの媚びたような比毛の裏声はしない。その代わりに、聞き覚えないのない鈴の音のような美しい声が阿照を迎えた。

「いらっしゃいませ」

店に一歩足を踏み入れた阿照は、そのまま止まった。店の中で阿照を出迎えたのは、ふくよかな白い腹に、濡れたような美しい黒い羽毛、純白の丸い縁取りがある輝く瞳の見知らぬペンギン、アデリーペンギンの若いメスである。抜群に可愛い。しかも、阿照の好みのタイプど真ん中、夢に描いた理想のメスペンギンである。

「あ・あ・あの、その……あうあうあう」

興奮と緊張に襲われた阿照は、フリッパーをパタパタとして丸い目をさらに丸くしてそのアデリーペンギンを見つめた。瞳は、すっかりハート型だ。

「あ!あなたは常連の阿照キュー太さんですよね。私、新しく店員になった阿照川鈴子(あでりかわ・すずこ)といいます。私もアデリーペンギンですから、同じ種族ですね」

心臓の音が周囲に聞こえそうなくらいの阿照は、もう鈴子から目が離せられない。ただ、

「あうあうあう」

と首を縦に振るのが精一杯であった。鈴子は、ふふふと少し笑って話し続けた。

「実は、比毛店長は、別の店の経営のお手伝いをするそうで、私が雇われたんです。阿照さんが常連であることはお聞きしています。そうそう、特注の『ボルル特製・絶対確実!恋愛大成就パワーストーン』ですが、今朝ボルルさんから電話が入りまして、出来上がっているけど、当店への納入が遅れるとのことです」

鈴子は、申し訳なさそうにまなじりを下げた。その困った表情がまた可愛い。

「あうあうあう」

阿照は、クチバシをパクパクしながら、鈴子から目を離さずに首を縦に振り続けるしかできない。

「あ!もし、お急ぎでしたら、直接ボルルさんの工房に取りに行かれてもよろしいかと。どうなさいますか?」

鈴子は可愛らしくフリッパーを胸の前で合わせた。潤んだ丸い瞳で阿照をじっと見つめ返答を待っている。

「あうあうあう。ででででは、直接。あうあうあう」

「分かりました。地図をお渡ししますね。ヌルイ区です。それほど遠くありません」

「あうあうあう、あのその、恋愛大じょるじゅバワーストーンは、ぼぼぼ僕のじゃなくて、友達に頼まれたものなのですのです。あうあうあう」

「まぁ、そうなんですね」

鈴子はにっこりと笑いながら、ボルルの工房への地図の紙を阿照に差し出した。阿照は震えるフリッパーでそれをサッと受け取ると、鈴子は、「あ」と何かを思い出したようにつぶやき続いて言った。

「そうそう、忘れてました。特注サービスでパワーストーンには『願主・阿照キュー太』と手彫り入りだそうです」

「あうあうあう」

一気に汗が吹き出し始めた阿照は、そのまま店にいたいような気持ちと、一刻も早く立ち去りたいという複雑な気持ちのまま、逃げるように店を後にした。そして、夢遊病者のように、ペンギンバスに乗り、地図に書いてあるヌルイ区にある分堀戸ボルル(ふんぼると・ぼるる)の工房へと向かっていったのであった。

(つづく)


浅羽容子作「白黒スイマーズ」第8章 小さな二人の大きな商売(2)、いかがでしたでしょうか?

新キャラ登場、阿照川鈴子! か〜わ〜い〜!! 「願主・阿照キュー太」手彫りサービスをさり気なく告げるあたり、時々イジワルで近頃ではホドヨイ区奇行担当の阿照さんとお似合いなのかも? ついに阿照さん恋愛大じょるじゅ成るか!? ……も大いに気になりますが、あの貴族貴子さんが難色を示しているという新商店、一体何のお店なのでしょう? 古潟さんに羽白さんの気迫ならばさすがの貴族貴子先生にも負けそうにない。いやそうはいってもやはり貴族先生か。この勝負、どうなる!? というお話ではまったくありませんが、あれこれ妄想しつつ、待て、次号!

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