白黒スイマーズ 第6章 皇帝のいない世界(3)


阿照(あでり)のプロマイド店を追い出された王が、景布(けいぷ)を連れてやってきたのは、黄頭(きがしら)の店だ。

「ここだよ、キガシラペンギンの黄頭さんの店……というか事務所は」

「……変わってますね」

黄頭の店は、ホドヨイ区のおさかな商店街の中にあるが、かなり外れに位置する。黄頭の店の一帯だけ林のようになっているので、何も知らない人だと、そこに店があるのかは分からない。というか、殆どの人が店があることを知らないのだ。緑の木々が生い茂り、鬱蒼としていて、歩くこともままならない林である。何やら入ってはいけない禁断の場所の雰囲気もうっすらと漂う。王は、おさかな商店街の会長であるため、ここが黄頭の店だと知っていた。しかし、会報を配布するために定期的に訪れる時は、いつもポストに入れるだけ。実際の黄頭の店は見たことはない。ミステリアスな黄頭と同じく店までもミステリアスなのだ。

林の入り口のポストの上に、見落としてしまいそうなドアホンがあった。王は、それを押した。

「はい。あ、王さんか。こんにちは」

ドアホンから黄頭の声が聞こえた。どうやらカメラも付いているようだ。

「黄頭さん、こんにちは。突然来てしまって申し訳ないんだが、今日は、ちょっと相談があって……」

王の表情は硬い。黄頭は、すぐに何かを察したようだ。

「では、事務所の方にいらしてください。そちらのケープペンギンの方もご一緒にどうぞ」

ドアホンの音声がプツリと切れた。

「どうぞ、と言っても、どう行けばいいのか……」

二人は林を前に途方にくれた。すると、王達の目の前をふさいでいた木々の枝が左右に自然と動き出した。風で揺れている訳ではない。木々がまるで生きているかのように、枝を移動させているのだ。枝は、空間を作りながらアーチ型になっていく。すぐに、王達の前に、枝と葉でできた緑の丸いトンネルのような道ができ上がった。

「すごいな……」

二人は、思わぬ光景に圧倒された。トンネルはどこまで続いているのかは分からない。王と景布は、顔を見合わせた。そして、「うん」と首を縦に振りあい、シュレーターズカチューシャを揺らしながら、そのトンネルの中へと足を踏み入れた。林の中は、新鮮な空気が溢れている。木洩れ陽がキラキラと美しくきらめく。そんな緑のトンネルの中を進むにつれ、王と景布の不安は雲散霧消した。代わりに、秘密基地に向かうワクワク感が湧いてくる。そのまま進んで行くと、後方からザワザワと音がすることに気がついた。王と景布は振り返った。すると、通ってきたトンネルはなくなり、元の鬱蒼とした林に戻っている。どういう仕掛けなのだろうか。

「すごい人ですね。黄頭さんって人は……」

「うん。黄頭さんは、謎が多くてね」

王と景布は、林の奥へと進んでいったが、意外に早くトンネルの突き当たりに到着した。目の前に現れたのは大木。これで行き止まりだ。

「王さん、行き止まりです」

シュレーターズカチューシャを揺らしながら景布は王を見上げた。その時、頭上にあるものを発見した。

「王さん、あれ!」

大木の上に家がある。ツリーハウスだ。

「あそこが黄頭さんの店か。景布さん、ここにハシゴがあるね。これで上るのかも」

大木の横には、木でできたハシゴがある。ちょうど二人分くらいの幅だ。王と景布は横並びになりハシゴに足をかけた。登ろうと短い足を上げるが、何かおかしい。足を少し上げただけなのに、周りの景色が動いている。ハシゴそのものが上方へと移動しているのだ。二人は、苦労して上ることなく、動くハシゴによりツリーハウスの入り口まで到着した。ツリーハウスのデッキに降り立った二人の目の前には、アーチ型のドアがあった。そこには「黄頭ナンデモ研究所」と書かれた看板がかかっている。

「ここだ」

王の声と同時に入り口が自然と開いた。中からふわふわと出迎えたのはクラゲである。

「ペンギンさんたち、いらっしゃい!」

後ろから、レモン色の鋭い眼光の黄頭が現れた。クラゲは、定位置である黄頭の頭上へと戻った。

「いらっしゃい。お客さんが来るとは何年ぶりかな」

黄頭は、そう言いながら、王と景布を「黄頭ナンデモ研究所」の事務所の中へと招き入れた。

「わぁ、すごい!」

黄頭ナンデモ研究所の事務所の中は、雑多なものが所狭しと並べてある。一見、無造作に置かれているように見えるが、どうやら系統立てて整理されているようだ。これらの陳列物の殆どは、王や景布にとって見たことがないものである。ペンギン界には存在しないものが多いようだ。ペンギン語とは異なる未知の文字が書かれた物も混じっている。その異次元空間に、王と景布は、不思議な感覚を覚えた。しかし、二人の奇態なシュレーターズカチューシャだけは、その異次元の空間に溶け込めていたのだが。

「おうさんと知らないペンギンさん、チーをどうぞ」

クラゲが危なっかしげに、ソファに座った王と景布にお茶を出してくれた。お茶受けは小さなイカの足だ。

「クラゲくんが最近凝っているロイヤルおさかなティーだよ」

二人にお茶を勧めた黄頭は、「ちょっと失礼」と断りを入れ、自身はパイプをくゆらした。魚煙草の魚の肝の香りが漂う。ソファに深く腰をかけた黄頭は威風堂々としていて、研究所長としての貫禄は十分だ。

「黄頭さん、突然お伺いして申し訳ない。ちょっと厄介なことがあって。……あ、こちらのペンギンは景布さん」

「景布アフ信(けいぷ・あふのぶ)です。よろしく」

黄頭の鋭い視線に戸惑っている景布に、クラゲがふわふわと近づいてきた。

「けいぷさん、僕はクラゲくんていうの。新種のクラゲなんだ。よろしくね」

「クラゲくん、こちらこそよろしく。あれ?クラゲくんは背中に模様があるね」

「うん。僕、背中に模様がある新種のクラゲくんなの。うふふ」

楽しげに話す二人の横で、王は、ロイヤルおさかなティーを飲みながら、黄頭に皇帝が行方不明になった経緯を説明した。黄頭はじっと鋭い眼差しのままその話を聞いている。

「これなんだ、その張り紙は」

王は、血の付いた張り紙を黄頭に見せた。

「ふむ……これか」

黄頭は、平静な態度で張り紙を見た。そして、立ち上がり、

「準備をするから、少しの間待っていてくれ」

と言い残し、奥の部屋へと消えていった。

王は、その黄頭の頼もしい態度に少し気分が軽くなった。そして、余裕が出た王は、興味深く部屋中に視線を動かした。色々な珍奇で不思議なものが並べられた部屋である。王の視線の動きは、その中のある物で止まった。それは不思議なものではない。どこにでもある普通の写真立てである。中にはめられた写真に写っているのは二人のペンギンだ。一人は黄頭である。もう一人は、黄頭よりも鮮やかな黄色の頭をしていて、さらに涼しげな目元のキガシラペンギン。鋭い瞳の二人は、寄り添って写っている。

「この写真……」

その時、黄頭が実験用具を片フリッパーに持ち、奥の部屋から戻ってきた。そして、王の視線の先を確認するまでもなく、空いているフリッパーで、ごく自然に写真立てを後ろ向きにした。王は、見えなくなった写真から黄頭の方に視線を移すと、黄頭は、何もなかったかのように話した。

「王さん、張り紙をお借りしよう」

「あ、うん」

黄頭は、持ってきた実験用品の中から、ある瓶を選ぶと、その試薬を一滴、血のついた張り紙に垂らした。そして、その部分に小さな機械を当てた。その機械にはいくつかのスイッチや調整ボタンがついていて、黄頭は、それらを操作しながら、機械のモニターを覗いている。しばらくして、操作を止めると黄頭はその黄色い頭を上げた。

「確かに……皇帝さんの血だよ。しかも、別の血も混じっているね」

王は気色ばんだ。

「もしや、海に近い皇帝さんの店だから、アザラシと格闘してやられたのか!?」

興奮した王は、思わず立ち上がった。シュレーターズカチューシャが震える。

「違うよ」

黄頭はあくまでも冷静だ。もうすでに何もかも分かっているようである。

「血が付いていたのは、張り紙だけだろ?」

「確かにそうです」

興奮する王の代わりに景布が答えた。確かに、店の前でアザラシと格闘したのなら、その場が血の海になっているはずである。しかし、そんなことはなかったのだ。景布の答えを聞いた黄頭はニヒルにニヤリと笑った。

「今、ゴッカン区は、真冬だろ……?王さん、何か思い当たらないかい?」

黄頭は話しながら、次の実験の準備をしている。平たい実験用バットに液を入れ、その中にピンセットで血の付いた張り紙を入れて浸した。

「あ、証拠の品が!」

王は、ソファにドスンと座ると、身を乗り出しバットの中を覗き込んだ。

「大丈夫」

黄頭は、ピンセットで張り紙をペンペンと揺らす。揺らすたびに、張り紙から赤い血痕が消えていく。そして、皇帝の癖のある字がくっきりと浮かび上がった。

「あ……!」

黄頭は、そっとピンセットで、張り紙をバットから取り出した。

(つづく)


浅羽容子作「白黒スイマーズ」第6章  皇帝のいない世界(3)、いかがでしたでしょうか?

皇帝さんの行方も気になるけれど、次々と立ちはだかってはちょっとだけ顔を見せるペンギン界の謎満載! 黄頭ナンデモ研究所、ペンギンたちにも知られていないようだけれど、お客さんは誰なの? 黄頭さんと一緒に写っていた目元涼しいペンギンは? そして皇帝ペン一郎の残したメッセージは?おいしいチーにイカの足をかじりながらゆっくり考えたい。待て、次号!

ご感想・作者への激励のメッセージをこちらからお待ちしております。次回もどうぞお楽しみに。

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