白黒スイマーズ 第5章 ロイヤル紅茶館 マナー教室(3)


貴族(きぞく)は、生徒達を見渡した後、しっとりとした声で話し出した。

「今日は、体験1日コースですので、基本マナーのみの講義となります。まずは、基本中の基本、おさかなの頂き方についてお教えしますわ。さて、皆さんは、普段どのようにおさかなを食しておられますか?では、ルトトさん」

「えっ……普通にパクッと食べます」

当てられたルトトは慌てて返答した。

「うーん、惜しいですわ。では、順子さんは?」

順子は地味に伏し目がちで答えた。

「お上品に少しずつ飲み込む……?」

「残念です。違いますね。正しいマナーをお教えしましょう」

貴族は、カウンターから大きな魚を持ってくると、「お手本ですわよ」と言った後、バカリと信じられないくらい大きくクチバシを開いた。そのクチバシ内側の上下には歯舌のトゲトゲが無数に並んでいる。まるでエイリアンのようだ。その奥には暗く深いトンネルのような食道が続いている。食べられる魚にとっては地獄への道である。そんなクチバシの中を丸見えにした貴族は、

「むぐっ、ごくっん」

と、大きな魚を頭から素早く美しく喉の奥へと滑らせるように流し入れた。芸術的な動き、極意「丸呑み」である。

「おぉ!」

無駄のない動きに生徒達から自然と歓声があがる。

「げふっ」

貴族は、横を向いて魚臭いゲップをすると、持っていた白いレースのハンカチでクチバシをチョイチョイと拭いた。

「こんな感じです。クチバシを思い切りバカでかくお開きになって、喉も全開にする。そして、おさかなを滑らせるように躊躇なく丸呑むのです」

貴族は落ち着き払って説明を続けた。

「可憐に、豪華に、たくましく!皆さん、貴族でない平民のペンギンの方々……あら、失礼、一般のペンギンの方々は、とかく勘違いをなさいます。『普通に食べればいんじゃね?よぐね?』とね。しかし、ペンギン的マナー『おさかな道』とは、いかに無駄な動きなくして、美味しく新鮮なおさかなを大量に食すことができるか……という点が重要です。だからこそ、華麗に大胆に素早く丸呑みをしなければなりません。恥じらいなど無用の長物なのです。これがペンギンにとって大事なマナーなのです。メスは特に、美しくふくよかになって体力をつけなければなりません」

「マナーってそうだったんですね!全然知りませんでした」

房子(ふさこ)が両フリッパーを頰に当て、感動している。

「房子ちゃん、私も知らなかったわ!」

隣のルトトも目を大きく見開いている。

「おさかな道……素敵です」

順子がしっとりとつぶやいた。

クラゲは、店内をふわふわと浮きながら、

「うふふ、マナーっておいしいなぁ」

と楽しそうだ。

皆の感心を一身に受けた貴族は、クチバシをツンとあげて、誇らしげである。そして、生徒達からの質問に次々と答えている。その和気あいあいとした雰囲気の中、店のドアがそっと開いた。あるペンギンが忍び足で入ってきたのだ。両フリッパーには重そうなバケツを持っている。

「ゴッ!ガゴッ!」

そのペンギンが、よろめいた拍子に店のテーブルにバケツを当てて大きな音を立ててしまった。皆の視線は、一斉にそのペンギンに集まった。

「あ……貴族さん、すみません……。漁が長引いてしまって遅れました。今日受講する予定の真軽仁サラ世です」

入ってきたのは、マカロニペンギンの真軽仁サラ世(まかろに・さらよ)であった。

マカロニペンギンは中型で、ロイヤルペンギンとは遠い親戚である。マカロニペンギンにも飾り羽があるが、イワトビペンギンほど逆立ってはいないし、ロイヤルペンギンほど垂れ下がってもいない。色は黄色ではなくオレンジ色なのが特徴だ。顔は黒く、ロイヤルペンギンとの違いがすぐにわかる。

そんな真軽仁に対し、貴族は機嫌悪そうに言った。

「あら、遅いじゃない!」

真軽仁は、上目遣いに貴族を見て、両フリッパーに持ったバケツを貴族におずおずと差し出した。

「遅くなったお詫びに、これ、持ってきました」

そのバケツの中には黒い水がなみなみと入っている。それを見ると、貴族の顔が和らいだ。

「漁なら仕方ないですわね。これは、今日の教材しましょう」

よく見ると黒い水の中に、何かがうごめいている。

「遅れてきた真軽仁さんから差し入れを頂きました。これで、先ほどのマナーの復習を致しましょう。隣の空き地で行います。その後に、第二部の実技です」

そう言うと、貴族は重いバケツを軽々と持ち上げ、生徒達を誘導し、隣の空き地に移動した。バケツを空き地の中央に置くと、貴族は、ためらいもなく、そのバケツの黒い水の中にフリッパーを差し込んだ。それを拒むかのようにピチピチと何かが跳ねる。しかし、貴族の腕力はとても強い。「あら・やだ、よっと」と口にしながら、ぐいっと掴んだ物をバケツから取り出した。

「これを教材にします」

フリッパーに掴まれたものは黒い墨にまみれたイカである。貴族は、「お手本です」と言うとすぐに、先ほど同様、クチバシを開くとすばやく大胆な動きで丸呑みにした。

「さぁ、ではあなた達も」

促された生徒達は、バケツの中から滑るイカを必死に何とか捕まえた。

「では、順子さん、どうぞ」

順子は思い切りクチバシを開けた。そして、イカを飲み込もうとした瞬間、

「クチバシの開きが甘いです」

と、貴族が順子が持っていたイカを奪い取ると、「こうです」と裂けるくらいに大きく自身のクチバシを開き、素早く丸呑みにしてしまった。

順子はクチバシを開けたままそれを見ている。貴族はお構いなしだ。

「では、房子さん」

順子の様子を見ていた隣の房子は、クチバシをさらに大きく開けるようと頑張っている。そのすきに、

「動作が遅いです」

と、すばやく貴族はイカを取り上げ、華麗な動きで丸呑みにしてしまった。

「では、ルトトさん」

ルトトも同じだった。

「喉の奥が全開になっていません」

イカを飲み込もうとした瞬間、貴族にイカを取られて丸呑みに。最後の真軽仁に至っては、

「全然イカしてないです」

と、ダジャレのような注意をされ、かつ、イカを奪われた。そして、そのイカは大きな貴族のクチバシの奥深くへと消えた。

ただ一人、クラゲだけは、小さく千切れたイカの足をつまみ上げ、口の中にポイといれた。すると、素早い動きで、貴族がクラゲの下に回り込み触手の間から落ちてくるそのイカの足をクチバシでキャッチ。コクンと軽く飲み込んだ。

「イカって美味しいなぁ~」

嬉しそうにくるくる回るクラゲに、貴族は首を上下に軽く動かした。

「クラゲさんは、よろしいですわね」

結局、全部のイカを食べてしまった貴族の自慢の白い顔は墨で真っ黒だ。黒い顔の貴族は、クチバシの先だけをレースのハンカチでチョイチョイと拭い、満足そうである。それとは対照的に、イカを食べられなかったクラゲ以外の生徒達は、皆クチバシを半開きにして、どんよりとした様子。それを見た貴族は貴族的笑みを浮かべて言った。

「皆さん、今のが、『おさかな道』のもう一つの基本マナー『食べられる前に食べろ』です。自然は厳しい。ペンギンたるもの油断は禁物なのです。特にメスは、オスに負けてはなりません。オスよりも一匹でも多くのおさかなを頂くのです」

その言葉で目が覚めた生徒達は半開きだったクチバシをパカっと閉じた。

「そうよね……」

「漁ではスピードが肝心だし」

感心しきりな様子である。

イカ墨で黒い顔の貴族は、お上品に「ほほほ」と笑った。

「さぁ、次は二部の実技です。素敵な場所に皆さんをご案内致しますわ」

(つづく)


浅羽容子作「白黒スイマーズ」第5章  ロイヤル紅茶館 マナー教室(3)、いかがでしたでしょうか?

貴族貴子先生の丸呑みおさかな道、素敵!イカす!!
しかしまだまだこれで終わりではありませんよ。大事な「実技」が残っています。マナー教室の一同、どこへ行く?
さて今回初登場の真軽仁サラ世はマカロニペンギン。地球では南極域に生息します。イワトビペンギンと近い種で、飾り羽のある見た目もよく似ています。見分け方は、マカロニペンギンの方がやや体が大きいことと、左右の飾り羽が、イワトビペンギンは離れているのに対し、マカロニペンギンの多くが中央で繋がっているところ。つまりフリーダ・カーロ式がマカロニペンギンです。真軽仁サラ世がどのようにおさかな道を習得するのかにもぜひご注目を。

ご感想・作者への激励のメッセージをこちらからお待ちしております。次回もどうぞお楽しみに。

ホテル暴風雨にはたくさんの連載があります。小説・エッセイ・詩・映画評など。ぜひ一度ご覧ください。<連載のご案内>