白黒スイマーズ 第7章 恐ろしい敵とクラゲくんの秘密(3)


「どあぁぁぁぁぁ」

水しぶきをあげて海から現れたアザラシは、自分の大きさを誇示するように胸を反らせた。真軽仁(まかろに)は必死で走った。マナー教室で体力をつけたことが功を奏していたようで、機敏な動きでこちらに向かって走ってくる。一方、出没したアザラシは、緩慢な動きだ。灰色の巨体を揺らしながら、にじり寄るようにゆっくりとこちらに近づいてくる。ニヤニヤと馬鹿にした余裕のある表情だ。王と黄頭(きがしら)は思わぬ展開に焦った。早く、胃弱マシーンを組み立てなければ……!

「まずい!早く!」

王と黃頭が必死に組み立て、クラゲもサポートをする。

「私も手伝います!」

皆に合流した真軽仁が訳も分からず、マシーンのパーツを闇雲につなぎだした。「真軽仁さん、それは違う!」

「すみません!」

気持ちは分かるがかえって足手まといである。

そんな中、仁王立ちした不意夜度(ふぃよるど)は、アザラシを睨んだままだ。アザラシは、ゆっくりと確実に近づいてくる。膨らんだ口元から伸びた何本もの長いヒゲを揺らし、大き過ぎる巨峰のような目をぎらつかせている。口からでる粘った泡が異臭を放つ。鼻息が強い風となる。

「おいしいおいしいペンギンちゃ~ん」

ドスの効いた低音の声で、愚弄するような即興の歌を口ずさんでいる。

そんなアザラシに不意夜度が数歩近づき、大きくクチバシを開けた。全身の羽毛が逆立っている。威嚇のポーズである。大きく息を吸い、精神統一をした。そして、不意夜度はクチバシを音を立てて閉めるや否や、アザラシに向かい猛突進していった。

「妹のカタキ!」

不意夜度のフリッパーがアザラシを直撃。ペンペンと湿った音が鳴り響く。思い切り叩いている。かなりの力である。ペンギンのフリッパーの力は、見た目と異なり強力なのである。

「結構痛いじゃねぇか」

しかし、アザラシには効かない。アザラシは、大きな尻を振ると不意夜度を吹き飛ばしてしまった。

「あ」

浜辺に投げられた不意夜度は、そのまま動かない。

「お前、フィヨルドランドペンギンだな?そういえば、この前食べたな。うまかったぜ」

アザラシは、大きな腹を揺らした。

「あっちにも、おいしそうなペンギンちゃんがいやがる。お、……珍しい黃頭ペンギンか!こいつは珍味だ!」

アザラシは、舌なめずりをして、黃頭をねっとりした目で見た。黃頭に狙いを定めたのだ。アザラシの歩むスピードが上がった。まずい、まだ胃弱マシーンの組み立ては終わっていない。組み立てに夢中の黃頭は、アザラシがすぐそばに来ていることに気が付かない。先に気づいた王が叫ぶ。

「黄頭さん危ない!」

「あ!」

アザラシの前ヒレが黃頭に伸びた。

「いただきっ」

前ヒレを器用に動かし、アザラシは黄頭を捕まえた。アザラシにとっては小さいペンギンの捕獲など簡単だ。強い力で掴まれた黄頭は、アザラシをフリッパーで叩き、クチバシで突き、必死の抵抗をしている。

「きかしらさんを離せ!」

クラゲも、アザラシの頭を触手でペタペタ叩いている。しかし、その力は弱過ぎてアザラシは叩かれていることすら気がつかない。アザラシは、弄ぶように黄頭を揺すったり、強く掴んだりしている。黄頭の動きが徐々に弱まっていく。クラゲは、ずっとアザラシの頭を叩き続けているが全く効き目はない。レモン色の鋭い目を辛そうに細くしながら、黄頭が絞り出すように叫んだ。

「王さん、早く胃弱マシーンを……」

「もうすぐだ!」

王は、やっと組み立て終わった胃弱マシーンの放射線状に開いた噴射ノズルをアザラシに向けた。

「胃弱レベルMAXに!」

「はい!」

真軽仁が、本体に取り付けられたダイヤルを回す。

「これでもくらえっ!」

王が胃弱マシーンの胃弱光線をアザラシに浴びせた。しかし、様子がおかしい……。胃弱マシーンから微弱な光しか出てない。

「あれ?真軽仁さん、レベルはいくつにした!?」

「はい、最大値の1です!」

「違う!最大値は100だ!」

微弱な胃弱光線は全くアザラシに効いていないらしい。アザラシは、焦る王たちの様子を嘲笑して見ていたが、

「今のうちに、いただきまーす!」

と臭い息を放ちながら大きく口を開けた。アザラシの泡立ったよだれだらけの口の中には、鋭い牙が並び、口内の朱色が禍々しく光っている。口の奥には、胃へと続く地獄の闇ロードが……。

「黄頭さん、危ない!」

真軽仁が、本体のダイヤルを100に合わせようと懸命だが、緊張と焦りのため、なかなかうまく回せない。噴射ノズルをアザラシに向けて固定させておくために王は真軽仁を手伝うことできない。浜辺に倒れている不意夜度は全く動かない。もう、間に合わない!アザラシが、黄頭の黄色い頭に食らいつこうとした瞬間、誰もがダメだと思ったその時、

「代わりに僕をたべて!」

クラゲが叫んだ。クラゲは思い切り触手を広げると、意を決して勢いをつけ、自らアザラシの口の中へ飛び込んだ。

「むぐっ」

反射的に、アザラシは開いていた口を閉じ、ゴクリとクラゲを飲み込んだ。

(つづく)


浅羽容子作「白黒スイマーズ」第7章 恐ろしい敵とクラゲくんの秘密(3)、いかがでしたでしょうか?

愛くるしい海のアイドル、アザラシのこんな邪悪な一面は滅多に見られません。くさいらしいし。真軽仁サラ世のおっちょこちょいにもほどがありますね……などと言っている場合ではありません。クラゲくんがアザラシに食べられてしまった!いや、まだ救い出せる希望はあるのか、どうなる!? 次回いよいよ第7章完結です。黄頭ボブ尾はクラゲくんを助けられるのか? がんばれ!! みなさんもどうぞ応援してください。

ご感想・作者への激励のメッセージをこちらからお待ちしております。次回もどうぞお楽しみに。

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