白黒スイマーズ 第7章 恐ろしい敵とクラゲくんの秘密(4)


クラゲを飲み込んだアザラシは、その拍子に黃頭(きがしら)を離してしまった。自由になった黄頭は、アザラシに痛めつけられた体など気にせずに、すぐさま立ち上がった。

「クラゲなぞ食べ応えなしっ!」

アザラシはそう言い放つと、またもや黄頭に襲いかかってきた。黄頭のレモン色の瞳は激しく光っている。瞳からとめどなく流れる涙もそのままに、黄頭はアザラシに突撃していった。いつもの冷静さなどカケラもない。黄頭は怒りの塊と化しているのだ。

「ク、クラゲくんを……!このクソやろうがぁぁぁぁぁ!」

アザラシは、向かってくる黄頭を捕まえようと体勢を整えた。相変わらずニヤニヤと馬鹿にした笑みを浮かべている。

「クソやろぉぉぉぉぉぉぉ!」

憤怒の黃頭が、雄叫びとともにアザラシの大きな腹に体当たりをした、その時、アザラシの動きが止まった。瞳孔が開いている。口からは大量の泡が吹き出ている。

「く、苦しい……」

息が出来ないようだ。黄頭は、敏速にアザラシから離れた。前のめりになったアザラシは大きく口を開けた。

「ゲーーーー」

アザラシは、大きな目が飛び出しそうになるくらい、激しく嘔吐した。口からは嘔吐物がドロドロと流れ出す。すえた匂いがプンと漂う。その胃液にまみれた嘔吐物の中に、しぼんでグチャグチャになった透明な物が混じっていた。

「クラゲくん!」

黄頭が、そのしぼみ切った透明な物、クラゲに駆け寄り、フリッパーで優しく持ち上げた。

「クラゲくん!クラゲくん!」

グチャグチャになったクラゲは、黄頭の震えるフリッパーの中で微かに動いた。

黄頭は震えながら、何度もクラゲに呼びかける。

その横で、気道を塞いでいたクラゲを吐き出してようやく息ができるようになったアザラシが、ふらふらと上半身を起こしていた。そして、黄頭たちを憎々しげに見つめ、短い前ヒレでクラゲを指しながら言った。

「こいつ、クラゲじゃねーよ!この、破けたビニール袋めがっ!」

アザラシは口を拭い、威嚇するように大きく胸を張る。

「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」

アザラシの顔から、嘲笑の表情は消えている。長いヒゲをピクピクと動かし、ギラついた大きな目をさらに大きくしている。その視線の先は黄頭だ。その時、

「おいっ!不細工な変態アザラシ野郎!こっちだ!」

王の声が浜辺に響き渡った。揶揄されたアザラシが声の方を向くと、胃弱マシーンのアンテナ型の噴射ノズルが向けられている。

「これでもくらえっ!」

胃弱光線レベル100の強い光がアザラシを包んだ。胃弱マシーンを操作していた王も真軽仁(まかろに)もその威力に尻餅をつく。数秒の噴射が終わった後も、強い光で目がくらんだままだ。やっと見えるようになってきた王たちの前には、アザラシの巨体が横たわっていた。

「なんか胃がシクシクするぅ……」

アザラシは、ゴロゴロと転げ回っている。

そのアザラシのすぐそばで気絶していた不意夜度(ふぃよるど)がちょうどよく覚醒した。

「うぅぅん……、あれ?」

不意夜度の目の前にいるのは、無防備に転がるアザラシだ。

「妹のカタキ!」

不意夜度は、フリッパーで思いきりアザラシを叩いた。そのチョップは、アザラシの胃袋に直撃した。

「ギャン!」

猛烈な胃の痛みにアザラシは一回大きく飛び跳ねた。そして、胃を抱えながら、ゴロゴロと浜辺を転げ回る。巨峰のような目はつむったままで、進む方向も気にしていられない。アザラシが転がっていく先にあるのは、そう、大穴である。アザラシは大穴にどんどん近づいていく。

「あぁ!」

王たちの声も、アザラシには聞こえない。アザラシは、その巨体で大穴の柵を軽々と壊した。目はつむったままだ。そして、そのまま、何も気づくことなくアザラシは大穴のフチへ……。

「危ないっ!」

アザラシの姿が、大穴の上でイリュージョンのようにフッと掻き消された。

「……落ちた」

大穴の中に消えていったアザラシを目の当たりにしたペンギンたちは、言葉を失った。

しかし、黄頭は、すぐさま視線を大穴からフリッパーの中のクラゲに移した。

「クラゲくん!大丈夫かい!?」

アザラシの胃液にまみれて濡れたクラゲは、ただの汚れたビニール袋だ。明らかに合成化合物であり、クラゲには見えない。

「きかしらさん、僕、クラゲくんじゃなかった……ビニールくんだったんだ。しかも、破れたビニールくん……」

「確かに、君はクラゲじゃない。私は夜中に君が大穴から吹き出す風に乗って、この世界に来たのを見たよ。大穴からの飛来物は普通、命など持たない。でも、クラゲくん、君はふわふわと空中で自ら一回転したように見えたんだ。私はつい君に話しかけた『クラゲみたいだな』と。すると、君はウフフと笑った。その瞬間、君には魂が宿ったようだ。君は、確かにクラゲじゃない。だけど、君は『新種』のクラゲだろ?ビニール袋じゃない、やっぱり君はクラゲくんだよ」

クラゲは、濡れた星型の目を開けた。黄頭は、平たくなったクラゲを優しく撫でながら言った。

「……それに、これ以上、大切な人を失うのは嫌なんだ」

「きかしらさん……」

クラゲは、ビニール袋の持ち手、否、触手を黄頭に伸ばした。

* * *

その後、クラゲは、黄頭により丁寧に洗われ乾かされた。前よりも破れた部分である目と口が少し大きくはなったが、黄頭の献身的な介護により元の「クラゲ」に戻ることができたのだ。そして、今日も、いつものように黄頭の頭の上に乗って、ロイヤル紅茶館にお茶をしに行く途中である。

「僕、ペンギンさんの世界にやって来られてよかった」

クラゲは、一回転しながら言った。

「うん、私も、クラゲくんが来てくれて嬉しい」

クラゲは、それを聞くとウフフと笑い何度も回転をした。後ろの模様がアザラシの胃液で前よりも薄くなったようだ。

「そうそう、きかしらさん、僕の背中の模様ってなあに?」

「文字だよ」

「もじ?」

黄頭は、答えた。

「そう。君の模様の文字をペンギン語に訳すと『スーパー なまず』だよ」

クラゲの回転スピードが早くなった。

「ふぅん、僕ってかっこいいね!」

「そうだよ、クラゲくん、君はかっこいい」

黄頭は、回るクラゲをレモン色の鋭い瞳で見つめなから続けて言った。

「そして、クラゲくん、君は優しい。助けてくれてありがとう」

クラゲは、回転しながら「こちらこそ、ありがとう」と言った後、ふわふわと黄頭の耳のそばに来た。

「きかしらさん、マリンさん、ぜったい戻ってくるよ」

予言めいてそう言ったクラゲは、黄頭の頭上にふんわりと乗っかった。

ちなみに、黄頭の胃弱マシーンの威力は抜群で、直接胃弱光線を浴びなかったペンギンたちも胃弱となった。しばらく魚が食べられなくなっていたのだ。しかし、一人だけ胃弱光線に反応しなかったペンギンがいる。真軽仁だ。そう、真軽仁だけは、食欲旺盛なまま、毎日おいしくイカをたらふく食べていたのであった。

(第7章 恐ろしい敵とクラゲくんの秘密 おわり)

※次週4月30日(火)はペンギン休載日とさせていただきます。

※次回は5月7日(火)となります。「第8章 小さな二人の大きな商売」です。お楽しみに!


浅羽容子作「白黒スイマーズ」第7章 恐ろしい敵とクラゲくんの秘密(4)、いかがでしたでしょうか?

黄頭ボブ尾と王&真軽仁の大活躍、そして不意夜度さんのチョップ!すごかったですね。クラゲくん、無事で良かった。黄頭さんの言葉でクラゲくんはクラゲになり、クラゲくんの優しさで黄頭さんは命拾い。クラゲくんの秘密に驚きつつもコンビ続行で一安心です。ああでも大穴って何?マリンさんとは?『スーパー なまず』ってどこかで聞いたことあるような!?ますます謎が深まります。

ご感想・作者への激励のメッセージをこちらからお待ちしております。次回もどうぞお楽しみに。

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