白黒スイマーズ 第7章 恐ろしい敵とクラゲくんの秘密(2)


「ジェンツーペンギンの子供が襲われたらしい」

野次馬ペンギンのひそひそ声が王の耳に入ってくる。握ったフリッパーをさらに強く握り、王はその野次馬ペンギンを押し退け、悲嘆にくれ嗚咽しながら座り込むジェンツーペンギンに歩み寄った。

「慈円津(じぇんつ)さん……」

泣きじゃくりながら振り返ったジェンツーペンギンは、慈円津ではない別のジェンツーペンギンだった。その時、王の背中を誰かがペタリと触った。振り返ると、それは慈円津サエリ(じぇんつ・さえり)である。慈円津の瞳は潤んでいる。

「王さん、親戚の子がやられたわ……」

慈円津は王の横をすり抜け、泣きじゃくる親戚のジェンツーペンギンに近づくと、フリッパーを大きく広げ優しく抱きしめた。王の目からも涙が流れる。にじむ光景の中、野次馬ペンギンから少し離れた位置にいる一人のペンギンが王の目に入った。

「あ、あの人は」

それは、羽毛を逆立てる不意夜度モリ絵(ふぃよるど・もりえ)であった。

* * *

「王さん、また昨日もホドヨイ区の海にアザラシが現れたって」

「うん、もう報告は受けた……」

この事件をきっかけに、ホドヨイ区に頻繁にアザラシが出没するようになってしまった。おさかな商店街の会長、王にとって最も悩まされる事案である。またいつ海にアザラシが現れるか不安な中でも、ペンギンたちは漁のために海に行かなければならない。王は、相談に立ち寄った阿照(あでり)のプロマイド店で、物憂げにシュレーターズカチューシャを揺らしていた。

「王さん、ここは、おさかな商店会街が一丸になって立ち向かわないと」

阿照も神妙な顔つきだ。

「うん、実は、『ホドヨイ区おさかな商店街アザラシ対策本部』を設置することにしようかと思って」

「いいね、王さん!」

「このアザラシ対策本部の主な活動は、海での監視にしようかと思っているよ。ホドヨイ区の浜辺の中心に監視台を設置する。近くに大穴があるから少し危険ではあるが、そこが一番全体を見渡せる場所だから仕方ない。その監視台で海にアザラシが出没しないか順番で監視する。そして、もし現れたら、ペンギンにしか聞こえないペンギン笛で皆に注意を呼びかける」

「いいんじゃないかな。でも、うまくいくかな……」

阿照は、何か割り切れないような表情だ。確かにその対策案には問題がある。彼らはペンギンだ。ペンギンが、海を目の前にして、大人しく座って監視などしていられるはずがないのである。しかし、他に良い案が出ない。さらに、危急の事態である。結局、監視台の案が実施されることになった。

数日後、王の監視当番の日となった。

「……」

監視台に上がった王は、海を目の前にして耐えらなくなっていた。魚欲に打ち勝つために満腹で当番に挑んだはずだが、焼け石に水である。魚のいる海を目の前にして、ペンギンの本能の湧き上がる魚欲を抑えることはできない。王は、頭に付けていたシュレーターズカチューシャを外し、監視台に置くと、夢遊病者のように海へとペンペンと向かっていった。

しばらくして、魚で張ちきれそうになった腹を抱えた王が浜辺に上がってきた。満たされた腹の重さだけ、後悔の気持ちも膨らむ。ふと見ると、王が耐えられずに後にした監視台に別のペンギンが座って、双眼鏡で熱心に海を監視している。そのペンギンは、黒い頰に白い筋、フィヨルドランドペンギンの不意夜度モリ絵(ふぃよるど・もりえ)である。不意夜度は、おさかな商店街で働いているわけでない。なので、監視当番もない。それなのに、監視台に座っているのだ。王が魚欲に負け放棄してしまった監視台に。王は恥ずかしい気持ちとバツの悪い気持ちで、監視台に近づいていった。

「あ、王さん、すみません。勝手に上がって監視してしまっていました」

監視放棄を怒られるかと思いきや、不意夜度は逆に申し訳なさそうな様子で、急いで監視台から降りてきた。ぺこりと頭を下げ、おどおどした様子で、シュレーターズカチューシャを王に差し出した。

「いやいや、不意夜度さん。私のほうこそ申し訳ない。監視当番を投げ打って海に入ってしまった……会長失格だな」

「いえいえ!」

不意夜度は、慌てるように両フリッパーを胸の前で振っている。

「どちらにしても、交代の時間だ」

次の当番がやってきた。阿照である。

「やぁ、王さん、ごくろうさま。交代するよ。イケペンの僕にまかせてくれ」

阿照は、不意夜度をチラリと見ると、胸を張った。

王は、「では、よろしく」と阿照と監視当番を交代し、不意夜度と共におさかな商店街へと歩き出した。しばらくして振り返ると、阿照は早くも監視台から降り、ペンペンと吸い寄せられるように海に向かっている。王は深いため息をついた。

「不意夜度さん、監視台によくいられたね」

王の横を歩く不意夜度は、小さな声で答えた。

「スパルタコースのおかげです。必要な時には、魚欲を抑える精神力も貴族師匠から教わりました。理由は他にも……」

「他にも?」

不意夜度は、伏せていた瞳を王に向けた。

「えぇ、私にはアザラシに恨みがあるからです。実は、私の住むヌルイ区で、私の妹がアザラシに襲われたんです」

「そうなんだ……」

不意夜度は背の高い王を見上げた。内気な瞳の奥に、芯の強さがある。

「王さん、監視台はいい案ですが、ペンギンには合わないと思います」

小さな声ではあるが、的確な意見である。

「……うん。確かに、何か他にいい案を考えなければならないのは気づいていたよ」

二人は、ちょうど皇帝の氷屋の前に来ていた。もちろん、皇帝の店のドアには、例の張り紙が貼ってある。それを見て、王は思いついた。

「黄頭ナンデモ研究所がある!」

「きがしらなんでもけんきゅうじょ?」

不意夜度が首を傾げた。

* * *

「こんなに頻繁にここに来るとは思わなかったな」王は心の中でつぶやいた。王と不意夜度は、今、黄頭ナンデモ研究所の事務所にいる。

「いろんなペンギンさんが来てくれてうれしいな。はい、ふぃよるとさん、お茶どうぞ」

クラゲがふわふわと浮かびながら、ロイヤルおさかなティーを王と不意夜度に出してくれた。

「ふぃよるとさん、おかおの白い模様がすてきだね」

「ありがとう、クラゲくん。あなたの背中の模様も素敵よ」

不意夜度とクラゲは、目を合わせウフフと笑った。不意夜度もクラゲの無邪気さに、一時、復讐も忘れたようである。そこへ、黄頭がいくつかの機械のパーツのようなものを持って現れた。

「王さん、ちょうどよいところに来てくれた。アザラシ対策用マシーンを作っていて、今さっき、出来上がったんだよ」

王が頼むまでもなく、黃頭は、すでにアザラシ対策用マシーンを作っていたのだ。

「さすが黄頭さん、機転がきくな」

黄頭は、少し嬉しそうに笑ったが、レモン色の瞳は相変わらず鋭いままだ。そして、そのマシーンを王と不意夜度に説明しだした。

「これは『胃弱マシーン』だ。このマシーンの胃弱光線を浴びると一時的に胃弱になり、食欲が減退する。胃弱レベルを設定するダイアル付きだ。これをアザラシに浴びせれば必ず撃退できる。このマシーンは、持ち運びや保管に便利なように組み立て式にしておいた」

王は立ち上がった。

「では、早速、海に行かないか?いつアザラシが現れるかわからないし」

「確かにな。では、みんなで手分けしてマシーンのパーツを持って行こう」

黄頭がそう言うと、クラゲくんは、ダイヤルがついた小さめのパーツを持

った。そして、いつもの定位置、黄頭の頭の上へ。

「では!」

王、不意夜度、黄頭、クラゲの4人は、ホドヨイ区の海へと向かった。

「この時間の監視当番は真軽仁(まかろに)さんだな。ちゃんと監視してくれて……ないだろうな」

浜辺に近づいてきた。案の定、監視台には誰も座っていない。しかも、海は妙に静かだ。何か嫌な予感がする、王たちがそう感じた時、海から飛び出るように真軽仁が現れた。

「出た!」

イカを振り回してすごい勢いでこちらに向かって走ってくる。その後ろから、大きな波しぶきがあがった。

「どあぁぁぁぁぁ」

現れ出たのは、灰色の巨体、アザラシであった。

(つづく)


浅羽容子作「白黒スイマーズ」第7章 恐ろしい敵とクラゲくんの秘密(2)、いかがでしたでしょうか?

忍び寄る脅威、抑え切れない魚欲。困り切ったおさかな商店街に、頼りになるヤツら、黄頭ボブ尾&謎のクラゲが帰って来る!?そしてやたらにイカを振り回す真軽仁サラ世。好物なのか……はさておき、胃弱マシーン、巨大アザラシの襲撃に間に合うのか、乞うご期待!

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