クラゲはふわふわと黃頭(きがしら)の頭上に乗っかった。
「じゃあ、納品は済んだので帰るよ。また」
「おうさん、いわとぴさん、またね。ペンペン!」
クラゲを頭に乗せた黃頭は、静かにドアを開け帰って行った。
ライブハウス「フィッシュぼーん」に所在無げに残っている王は、説明書を見ながら3D装置「分身マシーン」をいじっている岩飛(いわとび)に話しかけた。
「岩飛さん、黄頭さんのあの噂って、結局のところどうなんだろう」
岩飛は、フリッパーの動きを止めずに答えた。
「黄頭ちゃんは、あんな怖い顔してるが心根は優しい男だぜ」
「それは私だって、みんなだって知っているよ。でも、大穴に黄頭さんの婚約者のマリンさんが吸い込まれた原因が黄頭さんだっていうのは本当らしいよ。で、何かまずいことがあって、その証拠隠しのために夜中の大穴に頻繁に黄頭さんが行っているって噂があるよね。何かしら怪しい作業、もしかしたら魔術をかけてるのかもって……」
岩飛はフリッパーを止め、顔を上げた。王を真正面から見据えた岩飛の黄色い飾り羽が幾分逆立っている。
「そんな噂を信じるなんて、王ちゃんらしくないぜ」
「ごめん。私だって信じてはないよ。……でも、実は、私、夜中の大穴で黄頭さんに会ったことがあるんだ」
岩飛のクチバシが閉じた。
「それに、その時、黃頭さんは、何か入っているような袋を持っていたんだ。しかも、黄頭さんは耳慣れない呪文のような変な言葉を言ったんだよ」
岩飛は、打ち消すようにフリッパーを顔の前で左右に大きく数度振った。
「何かの間違いだ。王ちゃんらしくないぜ」
岩飛と王の間に沈黙が流れた。
* * *
その数日後の黄頭ナンデモ研究所である。黄頭がクラゲとともに何かを作っている。
「きかしらさん、これで完成だよ」
「うん、完成だ。ありがとう、クラゲくん」
黄頭は、クラゲの頭を優しく撫でた。
「きかしらさん、この前、大穴からひろってきた紙に載っていたマリンさんはさみしそうだね」
クラゲの視線の先には写真立てとその横の壁に貼られた新聞紙がある。写真立ての写真には、キガシラペンギンが二人写っている。一人は黄頭で、もう一人は黄頭よりも鮮やかな黄色の頭で、さらに涼やかな目元のキガシラペンギンである。そして、シワが丁寧に伸ばされている壁の新聞には、一人のキガシラペンギンの写真が印刷されている。写真立ての涼やかな目元のペンギンと同じペンギンだ。しかし、こちらの新聞の写真の方は、勝気なレモン色の瞳の中に、寂寥感が漂っている。この写真のペンギンは、黄頭の婚約者、マリンである。
「マリン……」
黄頭は、その写真に向かって独り言のようにつぶやいた。
「ねぇ、マリンさんが写っているその新聞きじって、何語なの?」
「これは、人間語というものだ。私が、夜の大穴からの収集物や受信した電波から解明したものだよ。クラゲくんが知っている通り、昼より夜の方が風が強いから飛来物が多いんだ」
「きかしらさん、たまに人間語しゃべってるよね」
黃頭は、ニヒルに笑い、
「#@○▼≪×∂……」
と人間語を話すと、クラゲは「へーんなの」と言い、嬉しそうに回転し続け、黃頭の目の前まで来て止まった。
「僕、きかしらさんとしばらく会えないのさみしいな」
クラゲは、星型の瞳を寂しそうに細めている。
「私も寂しいよ。でも、やっと機が熟したのだ」
クラゲは一回転し、黃頭の頭上にふんわり乗った。
「必ずマリンと共に戻ってくる。だから、クラゲくん、待っていてくれ」
黄頭は、クラゲと作った小さな機械の数々に囲まれた、さきほど完成したばかりの黒く柔らかい機械を触った。
* * *
黄頭が王のもとに出向いたのは、その翌日である。
「いらっしゃい!あ……黃頭さん。珍しいね、うちの酒屋に来るなんて」
王は、前掛けでフリッパーを拭きながら黃頭を出迎えた。この前のこともあり、何か嫌な予感がする。
「王さん、突然すまないね。おさかな商店街の会長の王さんに伝えておきたいことがあるんだ。実は、私はしばらく不在になる。だが、私の店『黃頭ナンデモ研究所』は閉めずに、クラゲくん一人に任せることになった。なので、その報告に来たのだ」
「え……?不在って……?」
黃頭の突然の話に王は驚きを隠せない。
「不在期間は早くて一日……、遅ければ永遠……になる」
レモン色の鋭い瞳がさらに鋭く光った。
「どこに行くんだい?」
王の問いに、ひと呼吸おいてから黄頭はクチバシを開けた。
「実は大穴に入る」
「え!大穴に入るって!?正気か?黃頭さん!」
王の驚きとともに、頭のシュレーターズカチューシャも揺れる。黃頭は、コクリとうなづいた。
「いつなんだい!?」
「今夜だ」
黄頭は、ひとこと答えると、「じゃあ」とだけ言い残し、王の質問攻めが始まる前に、王を振り切るように帰っていってしまった。
黄頭の後ろ姿を呆然と見送っていた王だが、黄頭のドアを閉める音で正気に戻った。
「大変だ!」
すぐさま、おさかな商店街連絡網を取り出し、受話器をとっていた。
その夜、クラゲを伴い黄頭が大穴に荷物を持って向かうと、大穴の様子がいつもと違うのにすぐに気がついた。夜中にかかわらず、王や岩飛や慈円津(じぇんつ)に貴族など大勢のペンギンが集まっているのである。
「まいったな」
黄頭はひとりごちたが、その声は少し嬉しそうだ。
「あ、黄頭さんが来た」
クラゲを頭に乗せた黄頭が姿を現わすと、ペンギンたちの視線が一気に黄頭に集まった。待ち構えていた王が黄頭の前に進み出た。シュレターズカチューシャは頭から外されフリッパーに握られている。王が真剣な証拠である。
「黄頭さん、すまないが、みんなに話してしまった。私たちは、黄頭さんのことが心配なのだ。どうか、大穴に入るなんて止めて欲しい」
黄頭は、ペンペンと心配した顔をしているおさかな商店街の面々を見渡した。そして、ふいに微笑んだ。意外にも柔らかいかわいい笑顔である。
「みんな、心配してくれてありがとう」
「心配するわよ!大穴に入るなんてオッペケペー過ぎるわ!」
その声は王の後ろにいる慈円津だ。
「その通り、私は、オッペケペーなペンギンだ」
黄頭は笑顔のまま返答すると、すぐに、いつもの涼しげな顔に戻った。
「みんなの間で話されている私の噂だが、それは本当なんだ」
黄頭の告白にペンギンたちは一気に静まった。
「私の婚約者マリンは、私のせいで大穴に吸い込まれたのは事実だ。私は、発明家として大穴に興味があった。マリンも発明家なので、同様に興味はあるのだが、大穴には躊躇していた。最初のうちは、私は一人で調査していたが、マリンも発明家としての興味が勝ってしまったようで自分もついて行くと言い出した。本当は、一人で調査する私のことを心配していたのかもしれない。マリンは一度言い出したら聞かない性分だ。結局、二人で調査しに行くことになった。大穴の吹き上げと吸い込みが強くなるのは夜間だ。それに合わせ調査は夜だった」
黄頭は一度クチバシを閉じた。クラゲは心配そうに黄頭の頭の上で何度も回転している。
「ある時、いつも以上に大きな風が吹き上げた。今までないほどの強風だ。いろんな飛来物が大穴から舞い上がり、私は興奮してそれを採集した。いつしか無防備なまま強風の大穴に近づき過ぎてしまっていた。その時、突風が私を襲い、私は浮いた。咄嗟にマリンが私を力づくで掴むと、代わりにマリンが舞い上がってしまった。『まずい!』そう思った時、吹き上げていた強風は瞬時に強い吸い込みに変わってしまった。一瞬の出来事だった。私の目の前で、マリンは大穴の中へと吸い込まれていってしまったのだ」
黄頭のレモン色の鋭い瞳は、後悔のためか鈍い色になっている。黄頭はペンペンと続けた。
「でも、私は、マリンがまだ生きているという強い信念を持っていた。だから、夜中に大穴に行き調査を続けた。調査の目的はマリンを助けること、それだけなのだ。しかし、マリンの消息が分からないまま1年・2年……8年の月日が経ち、徐々に私の心は閉ざされていってしまった。そんな孤独な私を救ってくれたのがクラゲくんだ」
クラゲはそれを聞くと、嬉しそうにウフフと笑った。
「クラゲくんは、発明のパートナーにもなってくれた。それだけじゃない、クラゲくんは幸運のクラゲなんだ。なぜなら、この前、ついにマリンの消息が分かったのだ。マリンの記事が書かれた新聞記事を大穴から拾ったんだ」
おさかな商店街のみんなは、黄頭の話に引き込まれている。王がやっとクチバシを開いた。
「マリンさん、大丈夫なのか!?」
黄頭は、首を縦にゆっくり動かした。
「マリンは生きている。希少なキガシラペンギンとして監禁されているのだ。だから、私は助けに行く」
黄頭が持ってきた荷物を覆っていた布を取った。中から現れたのは、1組の黒い大きな鳥の翼だ。ペンギンたちがペンペンとどよめいた。
「何?それは?」
「ふわふわした大き過ぎる羽毛がたくさん生えているみたい」
「フリッパーに少し似ているけど、変な形だ」
黒い翼をフリッパーに持ちながら黄頭は答えた。
「これは、翼というものだ。『翼マシーン』と名付けた。原始的な鳥は、この翼で空を飛ぶらしい」
「変わっている。鳥のくせに泳がないなんて!」
初めて見る翼に騒がしくなったペンギンたちを気にすることなく、黄頭は、翼マシーンを背負うように装着した。マリンを救出するためのほかの様々な発明品ももちろん完備して持っていく。すでに旅立ちの準備は整っているのだ。
「黄頭さん、止めても行くんだね」
ため息とともに王が言うと、横から岩飛がクチバシを出した。
「王ちゃん、大丈夫だ。黄頭ちゃんは天才だからな。それに、フィアンセ助けに行くなんて、イカしたロックな男じゃんか!」
「うん。そうだね、岩飛さん。私も黄頭さんを信じるよ。マリンさんと二人で必ず戻ってくるって!」
王の言葉に、自然とおさかな商店街のペンギンたちから拍手が沸き起こった。
「ありがとう、おさかな商店街の皆さん。では、行ってきます」
黄頭はそう言い、クラゲの頭を優しくなでた。そして時計を見た。
「もうそろそろだ」
黄頭の予想通り、大穴に強い吸い込みが起こった。翼マシーンを操作する黄頭は、ふわりと軽々と浮く。黄頭は、背中から生えたように見える黒い翼を羽ばたかせながら、みんなの頭上を一回りしたあと、
「クラゲくん、待っていてくれ」
と言い残し、意を決して、大穴に飛び込み吸い込まれていった。
「きかしらさん!」
「ダメです、クラゲさん!」
すかさず貴族が黄頭についていきそうなクラゲを引き止めた。
暗い夜の大穴の風はおさまった。黄頭を見送ったペンギンたちは、しばらく大穴から離れることができなかった。
(つづく)
浅羽容子作「白黒スイマーズ」第9章 黄頭のマリン救出大作戦(2)、いかがでしたでしょうか?
黄頭ボブ尾の婚約者、黄頭川マリンは人間界に!? 大穴の下は人間界、黄頭はマリンを助けるために人間語を習得し、「原始的な空を飛ぶ鳥」の構造を研究して『翼マシーン』の発明に生かしていたのですね。この情熱がどうか実を結びますように。マリンは人間界のどこに監禁されているのか、無事再会できるのか? お楽しみに。
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