白黒スイマーズ 第9章 黄頭のマリン救出大作戦(3)


翼マシーンを装着した黃頭(きがしら)は、暗い大穴を落ちていき、そして、ひらけた空間に出た。そこは夜空である。ペンギンたちのいる世界の下に、また空が出現したのだ。

「思った通りだ」

黃頭は、翼マシーンを器用に操作しながら、慎重に下降していった。下方には、街明かりのような光がチラホラ輝いていて、そこには地面があるように見える。ペンギンの世界の下にミルフィーユのように別の世界が存在しているのだ。

「マリンがいる場所だ……」

黄頭はついに未知の異世界の地に降り立った。想定していた通り、夜の浜辺である。浜辺の様子はペンギンの世界と変わらないが、海岸線沿いの道には奇妙な生物が歩行している。羽毛のない丸裸の肌色をした生物が体幹部や手足を布で覆い、ペンギンのように二足歩行をしているのだ。よく見ると頭部や顔の一部には、糸のように細長い羽毛が密集して生えている。知能があるのだろうか。おそらく、そこそこの知能はありそうである。

「あの羽毛が抜けた寒々しい生物が人間か。大穴からの採集物に載っていた写真と同じだな」

黃頭は翼マシーンをコンパクトに折り畳むと、岩陰に身を隠し、しばらく海岸沿いの道を通る人間たちを観察した。どうやら人間もオスとメスに分かれ、ペンギンと同じように種族もあり、個体差もあるようだ。黄頭は、そっと「着ぐるみマシーン」を取り出した。このマシーンは、スキャンした物体を着ぐるみとして出力する機能を持つ。黃頭は、道を歩く人間の中から平均的な大人のオスらしき人間を選び全身をスキャンし人間の着ぐるみを一枚を作製した。さらに、大人のメスもスキャンをしておく。

「人間というのは、無駄に大きいな」

スキャンした人間のオスの着ぐるみは大きく、翼マシーンなどの荷物も収納できた。人間の着ぐるみの中に入った黄頭は、必要なマシーンをポケットやカバンに入れた。どう見ても普通の人間にしか見えない。これで準備は万全である。黄頭は、はやる気持ちを抑えるため、携帯していた魚サプリを口の中へ。魚の芳しい香りが心を落ち着かせる。

「まだ夜は長い。朝まで待たねば……」

黃頭は、岩陰に座り込み、丸い月を見上げた。ペンギンの世界と同じ月だ。しかし、月とこの異世界の間には空があるばかりで、ペンギンの世界が確認できない。ただ、いくつかの大小の白い雲がゆっくりと動いているだけだった。

空がうっすら明るくなり、夜が明けてきた。歩行する人間たちの量も増えていることからすると、人間は昼行性の生物のようだ。人間の着ぐるみを着た黃頭は、フリッパー……否、手に力を入れて立ち上がると、対峙する街を見据えた。

「マリン、絶対に助けるからな」

黄頭は決意をクチバシ……否、口にした。

マリンのいる場所は、新聞記事などから判明済みだ。浜辺の近くに建っている「新いちご水族館」に併設されている「希少動物保護センター」という場所で、月に一度だけ保護している希少動物の公開日があるのだ。まさしく、今日がその日なのである。

黄頭は、人間たちがウヨウヨとうごめく街を歩いた。かなり発展しているようにも見えるが、不要なもので溢れかえっている。車も多く空気も濁っていて、自ら自分たちの住む場所を汚しているように黄頭は感じた。こんな場所にマリンを長い間一人にさせてしまったと、やるせない思いが募ってくる。

人間と化した黄頭のことをすれ違う人間たちは気にも留めない。黄頭は、街を観察しながら歩き、「新いちご水族館」に着いた。開館時間が近いようで、人間の子供たちがはしゃぎながら待っている。人間の子供は人間の大人よりは純真でかわいく見えるが、エンペラーペンギンの子供のかわいさには到底かなわない。

「新いちご水族館、開館のお時間です」

アナウンスが流れ水族館の扉が開かれた。

「ついに……」

一人つぶやいた黄頭は、背筋を伸ばし、一歩二歩と進んだ。黄頭は、今まさに、マリンのいる場所に足を踏み入れたのだ。

「ヒョウちゃん見たーい」

子供たちが争うように、ある展示ブースに向かっていく。子供が群がっている展示ブースに近づいた黄頭は、そのブースの中を見ると、ビクリと体を大きく震わせた。そこいたのは、ホドヨイ区の浜辺で戦い大穴の中に落ちていった、忘れることのできない、あのアザラシなのだ。展示ブースには「ヒョウアザラシ」のプレートがついていて、「いちご海岸のトランポリン大会開催時、空から現れてトランポリン競技に加わった不思議なアザラシのヒョウちゃん」との解説も書かれていた。「空から現れた天使のアザラシ」として評判らしい。アザラシはかわいがられているようで、締まりのない顔つきに磨きがかかっているが、以前の不潔な感じはしない。しかし、こんなところで再会するとは……。

黄頭はアザラシを凝視した。アザラシの視線も、人間と化している黄頭に注がれている。しかし、人間の子供たちから「ヒョウちゃーん、かわいい」と声をかけられると、黄頭から視線をそらし、短い手をパチパチ叩きながら首を前後に動かしおどけてみせた。「かわいい!」「頭いいね」と人間たちが騒いでいる。

「……」

黄頭は、無言でその場を立ち去った。意外な再会に動揺している場合ではないのだ。施設内の希少動物保護センターへと足を向けた。保護センターの展示ブースは、水族館と同じような作りだった。仕切られたブースが並び、その中には、けだるく魂が抜けたような希少動物が閉じ込められている。そんなブースをやり過ごし、ついに目的の展示ブースに到着した。

「あれが、キガシラペンギンだって」

「かわいくなーい」

プレートには、「キガシラペンギン――世界で最後の1羽のキガシラペンギン。いちご海岸で捕獲。何故そこにいたか経緯は不明」と書かれている。フリッパーには鑑識がはめられているが、監禁されていても誇りを失わない、あの勝気なレモン色の瞳のマリンがそこにいた。

「マリン……!」

分厚いガラスの向こうのマリンが、何かを察知し、鋭い眼差しを観客の方に向けた。

「やだ!顔が怖い!」

「睨んでるよ、あいつ」

観客の人間が騒ぐ中、黄頭は一心不乱にマリンを見つめた。マリンの瞳が移動し、人間の姿の黄頭の視線とぶつかった。微かにマリンの瞳孔が開き、そのまま黄頭を見つめ続けている。言葉はいらない、以心伝心だ。黄頭は、分身マシーンをそっと取り出した。岩飛(いわとび)の店に納品したものと同じ機能を持つが、さらに小型化したタイプだ。その分身マシーンでマリンを素早くスキャンすると、動きをつけた設定にし展示ブースに投影させた。

「え!?ペンギンが急に増えた……!」

「あの怖い顔のペンギンが2羽になってる!?」

1羽のはずのキガシラペンギンの展示ブースが、2羽になっている。観客の人間たちがざわつき出す中、黄頭はスキャンしたマリンを次々に投影する。すぐに展示ブース内には、50羽くらいのキガシラペンギンがひしめきあう状態になった。

「なにあれ!」

人間たちの驚愕の声が次々と上がると同時に、慌てた係員が展示ブースに入って来た。黄頭は、ポケットに入ったリモコンを操作すると、展示ブースにいた無数のスキャンマリンたちが一斉に開けられた扉に向かってペンペンと急いで出て行く。黄頭は、本物のマリンに向かいペンギン語で伝えた。

「で・て・こ・い」

口の動きを読み取ったマリンは、微かにうなづいた後、スキャンマリンたちに紛れて外へと向かっていった。黄頭は、その様子を確認すると、観客用通路にもスキャンマリンを次々と投影。瞬時に、館内はキガシラペンギンだらけになった。しかし、スキャンマリンたちは映像なので、人間たちにぶつかることなく通り抜けてしまう。ペンギンの幽霊のようでもあり、それも人間たちの混乱を増長させた。

無数のマリンたちで大混乱の中、展示ブースから出てきたマリンたちも観客様通路に集まって来た。黄頭は、そのうごめくマリンたちの中の一人に迷うことなく近づいていく。

「キキキュー」

本物のマリンだ。ペンギン語を話そうとしているようだが、甲高い鳴き声にしかならない。すぐにクチバシを閉ざし、マリンは、無言でフリッパーを人間と化している黄頭に差し出すと黄頭は優しくそのフリッパーに触れた。二人は、水族館の出口へと足を進めたが、黄頭はふいに止まった。

「マリン、まだ用事があるから付き合ってくれ」

黄頭はマリンを連れ、ある場所に立ち寄った。その場所は、アザラシの展示ブースだ。黃頭が仕切られているガラスをコツコツと叩くと、アザラシがすぐに気がついた。黃頭は、すばやくアザラシを分身マシーンでスキャンし、マリンの展示ブースと同じように、スキャンしたアザラシを何匹も投影した。展示ブースの中は、巨大なアザラシで溢れかえっている。動転した係員がドア開けた。スキャンアザラシたちは、黄頭のリモコン操作通りに、ドアから外へと急ぐ。本物のアザラシは、しばらく呆然としていたが、ようやく事態を飲み込めたようで、黃頭をチラリと見るとスキャンアザラシに混じりドアの外へと向かっていった。黄頭は、観客用通路にもアザラシを投影した。今や、館内は、無数のキガシラペンギンとヒョウアザラシで溢れている。客は逃げ出し、係員もパニックだ。

黃頭とマリンは水族館の外に出た。街に出る前に、念の為にしておくことがある。建物の陰に行き、予めスキャンしていた人間のメスの着ぐるみを作り出し、マリンにそれを装着させた。マリンは完璧な人間のメスの外見である。

「ボブ尾……」

人間と化したマリンは黄頭をじっと見つめている。

「マリン……」

黄頭もマリンを見つめる。するとマリンが急に手で黄頭の肩を強く叩いた。

「ボブ尾、来るのが遅い!」

「相変わらず気が強いなマリンは……」

マリンは何度か黄頭の肩を押すように叩くと、急にまなじりを下げ、その勝気な瞳から雫のような涙を流した。そして、そのまま、黄頭の胸の中に顔を埋めた。

「ボブ尾、ありがとう……」

「ごめん、マリン、待たせちゃって」

二人の間の8年の歳月が雲散霧消した瞬間、人間の走ってくる音が聞こえ係員が姿を現した。

「こっちの方に、キガシラペンギンが来ませんでしたか!?……あっと、失礼……」

係員の方に二人は顔を向けた。

「キガシラペンギンなぞ、ここにはいませんよ」

黄頭が落ち着いた声で返答すると、

「分かりました。失礼しました」

と、係員は会釈をして足早に去っていった。

「キガシラペンギンなら二人もいるわよね」

黄頭とマリンは目を合わせて、ペンペンと笑いあったが、黄頭はすぐに冷静な顔つきに戻った。

「マリン、この世界にいては二人ともまた捕まってしまう。今夜、私たちの世界に帰ろう」

「そうね、帰りましょう」

二人は、映像のキガシラペンギンとアザラシが歩き回る街を抜け、浜辺へと向かった。

(つづく)


浅羽容子作「白黒スイマーズ」第9章 黄頭のマリン救出大作戦(3)、いかがでしたでしょうか?

ついに再会し、水族館から脱出したマリンとボブ尾。分身マシーンを巧みに操り「ヒョウちゃん」となったかつての宿敵までも逃す手際は、怪盗黄頭ボブ尾と呼びたい! 何も盗んでいませんけれどね。いえ、大変なものを盗んで行きました、あなたの心です…… 怪盗ごっこはさておき、二人はペンギン界へ無事帰れるのか、待て次号! それにしても、中身も外見もスゴイ黄頭&クラゲ製マシーンズですが、着ぐるみマシーンのデザインときたら。一台欲しいですね。

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