白黒スイマーズ 第3章 ホドヨイおさかな忘年会(4)


「……あぁぁぁぁぁぁっ!!」

阿照(あでり)は、転びながらもフリッパーをクラゲに伸ばした。しかし、クラゲを制止することはできない。小石を飲み込んだクラゲは、阿照の伸びてきたフリッパーを避けるように身をかわし、再び浮いた。

その次の瞬間、

「いてっ!」

阿照の頭に何か当たったものが……。それは阿照の頭で軽くバウンドし、阿照の目の前に落ちた。あの小石だ。

阿照は、すぐさま小石を拾った。ホッとして全身が脱力してゆく。

どうやら、クラゲの体は空洞になっているらしい。なので、小石がすぐに触手の間から落下したようだ。

「美味しい小石だねぇ、あてりさん。食べさせてくれてありがとう」

クラゲは嬉しそうにウフフと笑った後、

「あてりさん、転んじゃったけど、だいじょうぶ?」

と神妙な顔つきになってふわふわと阿照の頭上を舞った。

「阿照さん、大丈夫か?」

黄頭(きがしら)も、阿照が起き上がるのを助けながら言った。

「……くっ……」

起き上がった阿照は、黄頭の鋭い視線とクラゲの無邪気な様子に、何も言うことができず、言葉を飲み込んだ。湧いてくる怒りで波打つ心臓を落ち着かせるために、近くにあったグラスに入った水をゴクリと飲む。ん……?なんか変だな?阿照は、濃い味のする不思議な水をゴクゴクと飲み干した。

クラゲは阿照にまとわりつくのをやめ、ふわりと黄頭の頭の上に乗った。

「黄色いおじさん、僕、前に会った気がするよ。お名前は?」

「黄頭ボブ尾だ」

「きかしらさん、僕は、クラゲくん。新種のクラゲくん……みたい」

「……」

黄頭は、クラゲを頭に乗せたまま鋭い視線で遠くを見つめている。どうやら黄頭の視界には、阿照が、もう1杯、2杯と濃い水をがぶ飲みしている姿は入っていないようだ。

「クラゲくん……、君は……」

黄頭が、そう言いかけた時、ステージの慈円津(じぇんつ)のショーが終わったようで、一際大きなペンペンとした拍手の音で言葉を遮られた。

「サエリ、最高のステージをサンキュー!」

司会の岩飛(いわとび)が、ステージに現れた。

「実は、みんなにお知らせがある……。特別ゲストのシュレーターズの到着が遅れているんだ」

会場はブーイングの嵐だ。

「おっと、みんなサイレンス!聞いてくれ!到着を待つ間、このステージをみんなに開放するぜ!歌でも踊りでも漫才でも、披露したいやつはいないかい!?出て来いよ!カモーン!」

「はいっ!やりまっしゅっ!」

岩飛の発言のすぐ後に、会場から素っ頓狂な声があがった。その声の方を皆一斉に振り向くと、それは阿照だった。阿照は、千鳥足でステージに向かい、もぞもぞと這い上がった。

「1番、阿照キュー太、ダンスしまっしゅっ!」

スポットライトが当たった阿照は、顔を夜空へとまっすぐ向けた。そして、思いっきり背伸びをした。まるでロケットのような形だ。フリッパーは広げられている。

……そして、

「クァークァー!」

と、フリッパーを振りながら、阿照は鳴いた。

「おぉぉぉ!」

「阿照さんが、あのダンスをっ……!」

会場は、どよめいた。そう、阿照が踊っているのは、求愛ダンスである。阿照が飲んでいた濃い水は、清酒魚盛だったのだ。酔った阿照は、ステージを千鳥足で駆け巡り、あっちでも、こっちでも求愛ダンスを披露している。「クァー!」と鳴きフリッパーを動かす度に、胸の小石が入った巾着も揺れる。驚いた岩飛が駆け寄り、「阿照ちゃん、どうした?まずいよ……」となだめるも、岩飛をふりほどき、阿照はダンスを続ける。

若いメスペンギン達は、「いやぁ~」と言いフリッパーで顔を覆うようなふりをしつつ凝視しているし、オスペンギン達は、「阿照さん、まだ若いから、あんまりうまくないなぁ」と品評している。忘年会は、妙な具合に盛り上がってしまった。

「ぎゅいいいーん!」

その時、ステージの袖からギターの音が聞こえた。シュレーターズの到着だ。

「わぁー!シュレーターズが来たー!」

会場のペンギン達は、すでに、阿照のことなど眼中になくなっている。

「阿照ちゃん、素敵なダンスショーをサンキュー!さぁ、シュレーターズの到着だ!」

岩飛がその場をまとめ、阿照を何とかステージの端まで連れてきた。暗くしたステージの上では、機材の準備が始まっている。

そこへ何も知らない王がステージ脇から阿照を見つけると寄ってきた。

「阿照さん、遅くなってごめん。シュレーターズを連れてきたよ。でも、慈円津さんのステージに間に合わなくて残念だったなぁ……」

阿照の様子がおかしい。目がすわっている。

「どうしたの?阿照さん!?」

「クァー!」

阿照は、王に向かって思いっきり求愛ダンスを舞う。

「阿照さん、もしや私のこと……」

赤らむ王など気にせず、阿照はステージを降りた。あちこちで求愛ダンスを踊りながら会場をふらつく。しかし、今やシュレーターズに夢中なペンギン達は、阿照のダンスなど誰も気に留めない。機材のセッティングが終わり、もうすぐシュレーターズの登場だ。

ペンギン達に袖にされた阿照は、自然と会場の後方に追いやられ、そこで、「クァ……」と言ったまま、力尽きてパタリと倒れてしまった。遠のく意識。

そこに、海の方からバケツを持った黄頭とクラゲがペンペンと走りながらやってきた。

「せーの……」

冷たい海水を阿照にかける。

「…… う、うん…… あれ、僕……、うっ、頭いたっ」

阿照は正気に返った。しかし、つらそうである。

「あてりさん、大丈夫……?」

クラゲが、あでりの頭を優しく触手で撫でた。

「阿照さん、忘年会長お疲れ様」

黄頭は、阿照にそう言うと、フリッパーに持っていた袋の中から「万能薬」と書かれた瓶を取り出し、その丸薬を、阿照のクチバシの中に2錠放り込んだ。すると、見る見る間に頭痛が治っていく。すっきりペンペンとした阿照は、阿照の様子を見つめている黄頭の鋭い視線の中に優しさがあることを、その時初めて感じた。

黄頭は、阿照から視線を外すとクラゲに向かって言った。

「クラゲくん、住む所がないなら、うちに来てもいい」

「えっほんと!きかしらさん、ありがとう!」

クラゲは嬉しそうにふわふわと浮いて一回転。

「では、また後で」

そう言うと、黄頭は、シュレーターズのロックの音が鳴り響いている忘年会場から大穴の方に向かい、ひとり、静かな闇の中へと消えていってしまった。

(第3章 ホドヨイおさかな忘年会 おわり)

※次週1月1日(火)はペンギン休載日とさせていただきます。

※次回は1月8日(火)となります。「第4章 ヒゲの小石チェーン店(1)」スタートです。お楽しみに!


浅羽容子作「白黒スイマーズ」第3章  ホドヨイおさかな忘年会(4)、いかがでしたでしょうか?

忘年会を大暴れで通過した阿照さんのダンスにドキドキしている王さん、黄頭さんの思わぬ優しさに気づく阿照さん、そして大穴のことを何か知っていそうな黄頭さん、黄頭さんと何か縁のありそうな、透き通った空洞の体を持つ謎めいた新種のクラゲくん。純ペンギン界の片隅に、ダンスと石と穴とクラゲの花が咲き、さて、これからどうなる?……年末年始はぜひバックナンバーをじっくり読んで新しいお話に備えてくださいね!

ご感想・作者への激励のメッセージをこちらからお待ちしております。本年もご愛読ありがとうございました。来年もどうぞお楽しみに。

ただいまBFUギャラリーにて、浅羽容子個展『ペンギン前夜』開催中です。こちらもぜひご覧ください!(2018年12月31日まで)

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