白黒スイマーズ 第10章 アッツイ区のペンギンモアイ(4)


羽白(はねじろ)は、慈円津(じぇんつ)の電話を受けた後、早々に作業にとりかかっていた。腕のいい大工である羽白にとって慈円津の依頼はたやすいこと。羽白組の弟子の大工たちにも指示し、職人技で手早く仕上げたのだ。水道屋の古潟(こがた)も同様に、慈円津からの依頼品を作り終え、羽白の元に運んでいた。

「羽白、案外いい仕事してんな」

「古潟こそ、結構いい出来じゃねえか」

親友の古潟と羽白は、いつものように悪態をつきながらも褒めあっている。

「よし、これで、慈円津のやつも文句はねぇだろ。あとは納品だ。そろそろあいつらも来っかな」

トラックに乗せた出来上がったその依頼品を古潟と羽白の小さな二人が満足そうに眺めていると、慈円津と真軽仁(まかろに)がやって来た。トラックの荷台を見るなり二人は言った。

「すごいじゃない!」

「仕上がりが想像以上です」

「そうだろ、そうだろ。あと、他の依頼品も出来上がっているぜ」

羽白が指し示すフリッパーの先にあるのは、トラックの奥に積まれた古潟が作った水道屋の廃材で作った機械である。

「これで万全ね」

「じゃ、納品に行くか」

古潟がハンドルを握るトラックに慈円津と真軽仁と羽白が同乗する。目的地は、アッツイ区の「熱々モアイ土産店(あつあつもあいみやげてん)」である。

「慈円津さん、皆さん、ありがとうございまス」

土産店の前で出迎えたのは、アッツイ区長の柄箱巣ス平(がらぱごす・すっぺい)と、土産店の学生アルバイト三人組、柄箱(がらぱご)・柄箱川(がらぱごがわ)・柄箱山(がらぱごやま)のス太郎たちである。

「わ、今日は、小型種の方々もご一緒なんでスね!」

「握手してくださいっス!」

「サインくださいっス!」

古潟と羽白は、「何だ、お前ら!?」と言いつつも、無邪気なス太郎たちの握手やサイン攻めに応対している。賑やかな挨拶が済んだ後、区長が慈円津に尋ねた。

「ところで、ずっと内緒だった解決策というのはなんなんでスか?」

慈円津は、鼻息荒くトラックの荷台をフリッパーで差した。

「あれよ。解決策は、『移動式の屋台土産店』よ。あの屋台を移動してモアイのいる場所で土産店をすればいいというわけよ」

そして、ミステリアスに目を細める。そのすぐ横に、真軽仁が寄ってきて、同様に目を細めながら言った。

「あれは電動式の屋台だから移動が楽なんです。ヒサシも付いているので、日差し避けも完璧です。3台あります」

「それはすごいっス!」

「すごいっス!」

「いっス!」

木造の屋台は、南国色に彩られて、商品の陳列棚も備え付けられている。作った本人の羽白は、喜ぶス太郎たちに、

「お前ら、この屋台の良さをよく一目で分かったな」

と、移動式屋台の説明をしだしている。

しかし、ただ一人、区長だけが酸っぱい表情だ。

「慈円津さん、いいアイディアなのでスが、これでは焼け石に水でス。ペンギンモアイは、元の場所から遠ざかる一方なのでス」

慈円津は、待ってましたとばかりの顔つきだ。

「区長さんがそう言うと思っていたわ。それを解消するのがこれです。じゃじゃーん」

真軽仁と古潟が運んできたのは、例の古潟が作った機械である。

「これは、巻き取り装置よ。原理は簡単だけど、使い方は実践して見せた方が早いわね。みんなでペンギンモアイのそばに行きましょう」

巻き取り装置を連結させた移動式屋台をス太郎たちが運転し、一同は近くのペンギンモアイへと向かった。そして、好き勝手にゆっくりと動いているペンギンモアイの足元に着いた。

「やたら、ばかでけぇな」

「氷屋の皇帝よりもでっけぇよ」

ペンギンモアイを間近で初めて見る古潟と羽白は、その大きさに息を飲んで見つめていたが、すぐに古潟は巻き取り装置の使い方の実践と説明を始めた。

「この巻き取り装置のヒモの先にイカをつけるだろ」

古潟は、真軽仁は持っていたイカのひとつを受け取り、巻き取り装置のヒモの先端に付けた。そして、巻き取り装置本体はペンギンモアイを移動させたい方向に設置する。

「これをこうして……」

そのヒモで繋がったイカをペンギンモアイの前に置くと、しばらくするとモアイは自らイカの上に乗った。そこで、すかさず巻き取り装置のハンドルを回して、イカを巻き取る。すると、ペンギンモアイはなめらかに滑りながら進行方向を予定通りの方向に変えた。

「な?簡単だろ」

「大成功ね!」

実演を見た区長とス太郎たちからは、「おおぉ」と歓声があがる。その歓声に古潟も羽白も小さな胸を張って嬉しそうである。

「これで、ペンギンモアイの方向転換は可能よ。あとは、モアイは勝手に進んでいくから放っておけばいいのよ。もしまた向きが変わったら、同じことをして方向を直せばいいだけよ」

慈円津は誇らしげに言うと、真軽仁も誇らしげに付け加えた。

「それに、ペンギンモアイが日によって場所や向きが変わっているのも面白いと思いますよ」

その言葉に区長は反応した。何か思い当たることがあるらしい。

「確かに、そうなんでス!意外に、ペンギンモアイが動くようになっても観光客が減らないんでス。逆に『面白い』と言う方もいらしゃっるんでス」

その言葉に、慈円津はまたもやミステリアスに目を細める。

「ま、ペンギンモアイが店を取り囲む日もあるだろうしね。臨機応変、ペンペンとね」

「慈円津さん、ありがとうござまいス。これで、この観光地も安泰、土産店も繁盛しまス。でも、なんでペンギンモアイが動くのでスか?根本的原因がわからんのでス……」

区長は、やはり複雑な表情だ。

「まぁ、そのぺんの詳しいことは、黄頭さんが帰ってきたら調査をお願いしてちょうだいね。とりあえずは、これにて一件落着!」

慈円津は、ペンと丸い腹を叩いて無理矢理に大団円に持ち込むと、真軽仁もすかさず真似して腹を叩いた。ス太郎たちは大はしゃぎだ。

「さすが、慈円津さんっス!」

「才色兼備なトップアイドルっス!」

「ついでに一曲聞きたいっス!」

ス太郎たちにせがまれた慈円津は、

「今日はアイドル業じゃないんだけどなぁ」

と言いつつも、持参したマイクを握りヒット曲「順子・まいらぶ」を汗を流しつつ歌唱するのであった。

* * *

「で、そんな感じだったわけよ」

「へぇ……」

プロマイド店で、意気揚々と語る慈円津に店主の阿照は生返事だ。

「お礼として、私はアッツイ区テイストの魚醤、真軽仁さんは書道作品を委託販売することになったの」

「あ、そ。ところで、僕が落としたパワーストーンは見つけてくれたのかい?」

「あ、ごぺん!忘れてたわ。なかったと思う。そんなことより、アッツイ区長って清酒魚盛の蔵元もしているらしくてね、魚盛の新商品の試作を王さんに渡してって頼まれていたのよね。もう行かなきゃ。じゃあ、私、忙しいから。またね、ペンペン!」

慈円津は、自分が言いたいことだけ言うと、さっさと店を出て行ってしまった。

「慈円津さん、探してくれないなんてひどいよ。まぁ、大して期待はしていなかったけど……」

ちょうど、他の客も引けて、店には阿照一人である。阿照は、軽くなった胸の巾着を触ってため息をついた。失くしてしまったパワーストーンの重さ以上に、すっかり仕事への情熱は失せてしまっている。今日はもう閉店にしようか、そう思った時、ドアが開いて客が入ってきてしまった。

「……いらっしゃい」

うつろな阿照がドアの方を向いた。

「あ!」

中に入ってきたのは、阿照の想い人、阿照川鈴子(あでりかわ・すずこ)であった。

「お久しぶりです。阿照さん」

「あうあうあう……おひおひ……」

鈴子が店に来るのは初めてである。突然の鈴子の訪問に、阿照はしどろもどろだ。鈴子は興味深そうに店内を見渡した後、あるものを阿照に差し出した。

「これ、阿照さんの落し物ではないかしら」

鈴子が差し出したのは、阿照の名入りの大恋愛成就祈願パワーストーンであった。失くしてしまった例の小石、それである。

「ペンギンモアイで乗ったバスの中で見つけたんです。窓から外を見ると阿照さんがいたから声をかけたんだけど気がつかなくて。しかも、私、熱を出してしばらく寝込んでいたから、ご連絡するの遅くなっちゃっいました。ごぺんなさい」

「あうあう、いえいえ、ありがとござます……」

クチバシをパクパクと開け閉めしながら阿照は何とかお礼を口にした。

「このパワーストーン、名入れした阿照さんの名前の横に別の名前が鉛筆で書いてあるようなのだけれど」

その言葉に、阿照はパワーストーンを奪うように取った。鉛筆で薄く「鈴子」と書いていたのだ。

「あうあうあう」

「よく読めなかったんだけど、ただの汚れかしら?それとも……」

鈴子は、そう言いながら何気なく、手近にあったプロマイドに視線を移した。

「あら!エンペラーペンギンの赤ちゃん、いい表情!阿照さんのプロマイドって素敵ね」

先日撮影に出向いた皇帝の子供の写真である。

「あうあう」

「撮影もするんでしょ。すごいわぁ」

鈴子は、心から感心している様子である。

「あうあう、ああああの、今度、鈴子さんを、ささささ撮影させてもらっていいですか?」

阿照は、咄嗟に口に出た言葉に自分で驚いた。

「え……私を」

「あうあうあうあうあうあう、あぁ、嫌ならいいんです、でもそのあのあうあうあう」

首を上下と左右に交互に振り続ける阿照に、鈴子は、

「私で良ければ」

と極上に可愛い恥じらいの微笑みで答えてくれた。

「ひゃっほぅぅーーー!」

阿照は、思わず両フリッパーをガッポーズにして飛び跳ねる。胸の巾着が軽やかに踊った。しかし、

「うふふ、阿照さんって面白い」

と鈴のような声で笑う鈴子の視線を感じた途端、阿照はまたもや「あうあうあう」としか言えなくなってしまったのであった。

こうして、阿照の恋路には一筋の光が差し込んだ。一方、動くペンギンモアイの一件は、結局は原因不明で未解決のままなのである。原因究明は、ハネムーン中の黄頭が帰ってくるのを待つしかない。

しかし、実は、異変はペンギンモアイだけではなかった。ペンギン世界の各区で、ある異常現象が起こりつつあるのだ。しかし、まだ誰もそのことには気づいていなかったのである。

(第10章 アッツイ区のペンギンモアイ おわり)

※次週7月30日(火)はペンギン休載日とさせていただきます。

※次回は8月6日(火)となります。「第11章 ペンギン世界の崩壊」スタートです。お楽しみに!


浅羽容子作「白黒スイマーズ」第10章 アッツイ区のペンギンモアイ(4)、いかがでしたでしょうか?

ペンギンモアイはイカが大好き、という性質を利用した奇策と、移動式屋台とのハイブリッド作戦、さすがミステリアス・慈円津とミステリアス・真軽仁です。が、なぜペンギンモアイが動くのか、なぜイカが大好きなのか、気になりますし、黄頭さんの推理も聞いてみたい。そして恋の病で奇行に走ったり仕事の鬼と化したりしていた阿照さんにも、一条の光が。次章、タイトルからしてドキドキハラハラの「ペンギン世界の崩壊」です、お楽しみに!

ご感想・作者への激励のメッセージをこちらからお待ちしております。次回もどうぞお楽しみに。

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