年老いた作家は、みんなが寝静まった古い洋館で、窓辺で物思いにふけりながらシャンパンを飲んでいた。
孫たちは遊び疲れて、2階の寝室で寝息をたてている。
壁にかかった古時計をみると、あと少しで夜中の12時、クリスマスになろうとしている。
作家が窓の外を見ると、丘の下に海辺の夜景が見え、窓のすぐ脇には屋根より高いスギの木がたっている。
年老いた作家は、グラスを傾けながら、そのスギの木を見た。
・・・・このスギの木には思い出がひとつあったのだ。
作家の亡き父は、動物学者だった。
動物学者だった父は、徹底した唯物論者で、神も幽霊もあの世も信じておらず、言うことは常に冷静沈着で、厳格だったが、その反面、イタズラ好きでもあった。
いつもクールな面持ちで大学の授業をしたり、時にはテレビなどに出て、知識人たちと難解な論戦を戦わせる父だったが、ときおり、子供にはイタズラ好きな側面を見せていた。
まだ作家が6歳か7歳のころ、
父が住んでいたこの洋館で、作家はサンタクロースを目撃したのだ。
今となっては、そのサンタクロースは父が変装をしていたのだ、と分かっているのだが、当時は、ホンモノのサンタクロースだと信じきっていたのだ。
なにせ、当時の父のサンタクロースの変装は完璧だったから。
・・・あの凝った変装はいったい、当時でいくらぐらいかかっていたのだろう?と作家は苦笑した。
作家がシャンパンを飲んでいる、その場所に、そのサンタクロースは居た。
時間も、今と同じ夜中の12時ぐらいだっただろうか?・・作家は当時を思い出そうと目をつぶった。
酒の助けもあったのだろう。
当時の光景が目に浮かんでくるのに作家は身を任せた。
・・・子供だった作家は、絵本に出てくるのとそっくりなサンタクロースを見て驚いた。
子供はそのサンタクロースに聞いた。
「おじさん・・・サンタクロース?」
そうすると、そのサンタクロースは、いかにもサンタクロースのような語り口で言った。
「ホッホッホッ、そうじゃよ。ぼうやはとってもいい子じゃった。だからな、プレゼントを持ってきてあげたのじゃ」
そうしてサンタクロースは子供にプレゼントを渡した。
それは子供が、ずっと欲しがっていたオモチャの銃だった。
「サンタさん、ありがとう!」
「なになに、ぼうやはとても良い子じゃったからな・・・」
そのように言うと、サンタクロースは玄関から外に出ようとした。
今思えば、煙突から出入りするのではなく、玄関から出入りするサンタというのも変だったのだが・・・・。
サンタクロースがドアのノブを回して、外に出ようとした時、子供が聞いた。
「また来てくれる?」
サンタクロースはドアのノブを回すのを止めて、しばらく困ったように、そこに佇んだ。
そして、振り返り、窓の外を指さして言った。
「ぼうや、あそこにモミの木が見えるかね?」
窓の外には腰の高さほどの木がたっていた。
それから何年後も、子供はそれがモミの木だと信じていたが、実際にはそれはスギの木だった。
サンタはモミの木(スギの木)を指さして言った。
「モミの木が屋根よりも高くなったら、ワシは戻ってこよう!約束したぞ!」
そのように言いサンタクロースはドアを開け、トナカイのソリにも乗る事もなく、闇夜の中へと消えていった。
作家は目を開き、窓の外を見た。
屋根より高くなった、スギの木がそこにたっていた。
作家は一人、笑いだした。
「アハハ・・・、そうかそうか!どうして父があんな事を言ったのか、今わかった・・・。スギの木が屋根より高くなるには何十年もかかると分かって、そんな嘘を言ったのか・・・・!でも、その嘘のおかげで私は、何年もこの時期にサンタクロースがやってくるのを待ちわびていたのだ!」
その後、サンタクロースが子供の元に現れる事はなかった。
父も、そのイタズラには飽きたのかもしれない・・・・そのように思い、作家は最後のシャンパンを飲み干した。
酔いが回った目で、窓の外を見ると、この時期、この地方では珍しい雪が降り始めていた。
雪は窓の外のスギの木にも静かに降り積もり始めた。
その時、作家はスギの木の向こう側に何か赤い物が動いているのに気がついた。
作家は老眼鏡を外し、目をこらした。
目の焦点が合うと、立派な白い髭を伸ばしたサンタクロースがスギの木の下に立っているのが見えた。
作家は息を止めた。
子供の頃に見たのと寸分変わらない姿で、サンタクロースは白い髭を揺らし、顔にはイタズラっぽい笑みを浮かべていた。
サンタクロースは作家がいる窓辺まで、ゆっくりと近づき、言った。
「ぼうや、ワシは嘘は言わんよ。約束通り、もどってきたよ」
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