電気売りのエレン 第29話 by クレーン謙

今日は2月にしては珍しく暖かい日だった。
今日もクラスメイトの誰もが僕に話しかけてこなかった。皆も、僕にどう話せばいいのか分らないだろうしね。
担任の先生は、大学を出たばかりの若い女の先生で、僕にどう関わっていいのか困っているようだった。
もうすぐしたら学年も変わるんだけど、その時に僕には友達ができるんだろうか?
そればかりは、分からない。
そんな事よりは、僕には差し迫った問題があるからだ。

学校が終わり、僕は「とどろき山に行こう」とマヤを誘った。
大切な話を僕がするのだろう、とマヤは見抜き、ランドセルを背負いながら言った。
「レイ君、分かったわ。とどろき山に行くのも久しぶりだし」

「とどろき山」は学校から歩いて15分ぐらいの所、住宅地のど真ん中にある。
昔はここら一帯は原生林が生い茂っていたらしく、おばあちゃんの話では、ここの川には大山椒魚がいたという。
大山椒魚は世界最大の両生類で、準絶滅危惧種に指定されている。
水族館でしか見た事がないけど、その風貌はまるで恐竜かドラゴンのようだ。
しかし今や、とどろき山の脇を流れる川はコンクリートで固められていて、山椒魚どころか蛍ももう見る事はできない。

僕は自然が好きなので、このような事はとても残念だった。
いつか科学者になって、失われた自然を復活させるのが僕の夢だった。
・・・・でも、もう大学なんかには行けないんだろうな。

学校が早く終わったので、まだ日は高く、春のように暖かかった。
僕たちはとどろき山につくと、マヤは木の切り株を見つけ、マヤはそれに腰掛けながら言った。
「お父さんの話でしょ?聞かせて」

僕は周りに誰かいないか見渡しながら答えた。
「いいかい、これは内緒だよ・・・。誰にも言わないと約束をしてほしい」
マヤは少し驚いた顔をしながら言った。
「・・・・分かったわ。誰にも言わないと約束するわ」

「僕のお父さんは科学者だったのはマヤも知っているよね?お父さんはね『人工生命』と『人工知能』の研究をしていたんだ」
「人工生命?人工知能?何それ?」
「きっとマヤもどこかで聞いたり、本で読んでいると思うよ。人工生命と人工知能は文字どおり、人工的に作られた生命、人工的に作られた知能の事なんだ」

「そんなものが本当にあるの?」
「今は、スーパーコンピュターを使った研究が進められているんだよ。でもね、コンピューターで作られているから、擬似的な生命や知能しか作れなかったんだ。つまり、どういう事かというと『生き物の真似事』や『人間の知能の真似事』でしかないんだ。所詮、コンピューターは『高度なソロバン』に過ぎないので、そこに本当の命や心を吹き込む事はできないんだ」

マヤは少し呆気にとられた顔をしながら、言った。
「お父さんも、その研究をしていたのね?」
「そう。お父さんは全く新しい方法で、人工的な生命を作り出そうとしていたんだ。
今までのコンピューターはマヤも知っていると思うけど『二進法』で作動しているだろう?
つまり、どんなに複雑に見えてもコンピューターが『二進法』で作動しているかぎりは、
高度なソロバンでしかないんだ。
そこで、お父さんはタンパク質で合成した『バイオチップ』を作り、それでコンピューターを作り始めたんだ。限りなく人間の脳に近いコンピューターを。・・・・お父さんは一昨年、その研究を完成させるためアメリカに渡った。極秘の研究プロジェクトだったんだよ」

「それで、どうなったの?」

僕は声を小さくしながら答えた。
「成功したんだ。お父さんは世界で初めて『本物の』人工生命と人工知能を作った。ざっくばらんに言うと、お父さんは、心も魂も持っている人間を作り出す事に成功したんだ」

驚きの声を上げるのを抑えながら、マヤも小声で言った。
「・・・・でも、そんな事ニュースにもなっていないわよ!」

「研究が成功すると同時に、お父さんは行方不明になってしまったんだ。僕にだけ証拠を残してね。
『人工生命』が本当に作られたとなると、世界への影響がすごく大きいんだ。何もかもが、変わってしまう。産業も、文化も、宗教も、何もかもが影響を受けてしまう。それを恐れた、どこかの国か組織かが、お父さんをさらってしまったんだ。何一つ証拠を残さずね。もしかしたら、もう殺されたのかもしれない」

どう返事をしていいか困っているマヤに、僕は続けた。
「こんど、お父さんのその形見をマヤに見せるよ。誰にも言わないと、約束だよ。お父さんをさらった人たちは、僕がお父さんの形見を持っている事をまだ知らないんだ・・・」

夕方になり僕とマヤは別れ、家路へとついた。
空を見上げると、カラスの大群が群れをなしながらカーカーカー、と鳴きながら飛んでいた。
環境破壊が進んでもカラスは、人間の出すゴミなどを漁って逞しく生きている。

誰かに話せて僕の気は楽になったけど、マヤは呆然としていた。
なんだか巻き込んでしまって、すごく悪い事をしてしまったかもしれない・・・・。

早く家に帰らないと。
エレン達に「ヴァイーラの言う事を信じてはいけない」とメッセージだけは送る事はできた。
無事にいてほしかった。

――――続く

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