アジを食べるならアジフライ一択である。頭を落とし、尻尾近くにある稜鱗と呼ばれる硬い鱗をそぎ取り、背開きにしたら背骨を外して片栗粉、卵、パン粉をつけて油で揚げる。そこにゆで卵をつぶしてみじん切りにしたタマネギとマヨネーズで和えたタルタルソースをかけて食べると、それだけでご飯が何杯も食べられる。
体長が10センチ程度の小アジであれば、南蛮漬けにして食べるのも格別である。頭と稜鱗を落とし、内臓を取り出したら片栗粉をまぶして油で揚げる。この時少し揚げすぎかなと思うくらいしっかり揚げるのが私の好みである。揚がったアジは表面がぱちぱちとはじけているうちに酢と醤油に砂糖を溶かした液に放り込む。ジューッと音がすると期待が高まる。細切りにしたタマネギとピーマンも忘れてはならない。この状態で半日ほど待たなければならないが、これが南蛮漬けの唯一の欠点である。
おいしい魚の枕詞として「脂がのった」というのが一般的であるが、脂ののったアジを油で揚げる行為はナンセンスと言わざるを得ない。つまり脂ののっていないアジでも油で揚げることで、おいしく食べられるアジフライや南蛮漬けは魔法の調理法と言うことができる。
脂がのっていることが確約されたアジをアジフライにするのはもったいないと感じてしまう。どれほどアジフライが好きでも高級魚として知られる関アジをアジフライにするには勇気がいる。冬の北海道でストーブをガンガン焚きながら半袖姿でアイスクリームを食べているような冒涜感が漂う。しかしながら、この冒涜感がたまらない。
近年日本で水揚げされるアジの漁獲量は約10万トンで、このうち最も水揚げ量が多いのが長崎県である。長崎県では2019年の統計では年間約4万トンの水揚げを誇り、全国シェアが40%を占める。関アジで有名な大分県は5位の約3千トン。全国シェアが3%しかない大分県の関アジがなぜ通常の10倍近くする高値で取引されるのだろうか。我々はだまされているのだろうか。
長崎県で漁獲されるアジは主に巻き網という漁法で漁獲される。巻き網はアジの群れを囲むように網を入れて、最後に網を絞ってアジを漁獲する漁法である。多くのアジを一気に漁獲することができるため効率がいいのだが、網を絞っていく過程で魚どうしがぶつかって傷みやすくなってしまう。また、大量に漁獲されるため大口で取引されることから、値段が安く買われる傾向にある。そもそも魚の値段は漁業者が決めるのではなく、仲買人と呼ばれる仲介業者が競り落とすため需要のない魚は値段がつかず、家畜の飼料や農家の肥料になることが多い。大量の魚を買ってくれる仲買人がいるから漁業が続けられているのである。
一方、関アジは大分県大分市の佐賀関で水揚げされるアジのことを言い、四国愛媛県の西に延びる佐田岬半島の先端と、九州大分県の間にある豊予海峡で、一本釣り漁法で漁獲されたアジでなければならない。一本釣り漁法はいわゆる一般人が行う釣りと同じ方法で行われるが、漁師は竿を使わず手で直接魚のあたりを感じている。豊予海峡は潮の流れが激しい。潮の流れに逆らうと仕掛けがまっすく降りていかないので潮に流されながらアジを釣る。釣ったアジは傷がつかないように針が外され、素早く生け簀に入れられる。そして釣れたら再び潮の上流に移動し、これらの作業を繰り返す。仲間の船が多く行き交う中での作業は見事と言うしかない。
関アジは一匹ずつ取引される。仲買人は漁船の生け簀から一匹ずつ手網でアジを取り出し、その感覚で重さを推定して値段をつける「面買い」が行われている。陸揚げして秤にかけていたら痛んでしまうため、そのような方法をとっているのだが、10グラム単位の正確性が確認されているらしい。漁師もプロなら仲買人もプロなのである。
元々豊予海峡は潮が速いうえ、瀬戸内海と太平洋の境目にあり、海底の起伏も激しく低層の海水が巻き上がりやすい地形なので、多くの生き物の餌となる植物プランクトンの発生しやすい場所である。このような好漁場に加え、徹底した品質管理を行うことで関アジはブランドを確立してきたのである。
とはいえ、巻き網のアジと一本釣りのアジで約10倍の値段の差があり、その差は味の差以上である。先にも述べたが、魚の値段を決めるのは仲買人であり、ひいては消費者である。多くの消費者が関アジを求めると値段が上がり、更にブランド化が確立するのである。そうなると益々我々のような一般市民には手の届かない高級魚になってしまい、関アジとそれ以外の大衆アジの二極化が固定してしまう。
私には魔法の調理法である「フライ」と「南蛮漬け」が付いているので大衆アジで十分である。でも一回は食べてみたい。
(by ぐっちー)
※このエッセイ「妄想生き物紀行」は、ポッドキャスト番組「妄想旅ラジオ第53回 アジ」と関連した内容でお送りしています。ポッドキャストはインターネットのラジオ番組で、PCでもスマホでも無料でお聴きいただけます。「妄想旅ラジオ」は、ぐっちーさん、ポチ子さん、たまさんの3名のパーソナリティーが毎回のテーマに沿って「生き物」「食べ物」「旅」について話す楽しいラジオ番組です、詳しい聴き方などは「妄想旅ラジオ」のブログを。
ぐっちー作「妄想生き物紀行」第53回「アジ〜アジ南蛮漬け戦略」いかがでしたでしょうか。
今回もお読みいただきありがとうございます、編集担当・ホテル暴風雨オーナー雨こと斎藤雨梟です。
こんにちは!
憧れのブランドアジ、関アジ。食べたことがないばかりか、その存在を私は「妄想旅ラジオ」を聴くまで知らなかったのですが、アジは好物です。アジフライ・南蛮漬けはもちろん大好きで、よりシンプルな「塩焼き」「刺身」「干物」なども、高級アジでなくとも十分に美味しい、別に脂なんか乗ってなくてもいいんじゃないか、むしろそれがいいんじゃないか派です。関アジ食べてから言ってみたいですけれどね。みなさまいかが思われますか。
Twiterでぐっちーさんと話そう企画
さて今回も、ぐっちーさんとみなさんと、Twitterでお話したいと思います。激推しアジ料理について、アジ釣りについて、高級アジと巻き網アジ食べ比べについて、などなど何でもお話しましょう。参加方法はTwitterに書き込むだけ、なので初めての方も、ラジオお聴きのみなさまも、質問してみたい人はもちろんただお話してみたい人も、エッセイを読んでの感想、ぐっちーさんへの質問やツッコミなど、ぜひお気軽に。お待ちしています!
斎藤雨梟のTwitterアカウント @ukyo_an にて
↓こんな感じで↓ツイートしますので、よろしければみなさまもツイートへ返信してご参加ください。
新連載 #妄想旅ラジオ パーソナリティー ぐっちーさんのエッセイ「#妄想生き物紀行」第1回 読んでいただけたでしょうか? ここで、ぐっちーさん@mousou_guccy へいろいろお聞きしてみたいと思います!https://t.co/DcVywwH7p5
— SAITO Ukyo (@ukyo_an) July 7, 2020
ぐっちーさんとお話ししたもようは、来週こちらのサイトでまとめてお伝えします。Twitterでいただいた質問やコメントは記事内でご紹介させていただくことがあります。どうぞよろしくお願いいたします。では、Twitterでお会いしましょう!