ウマ〜白馬に乗った王子様は現れるだろうか

「妄想旅ラジオ」ポッドキャスター ぐっちーが綴るもう1つのストーリー「妄想生き物紀行 第9回 ウマ〜白馬に乗った王子様は現れるだろうか」

ウマと聞いて一番最初に思い浮かぶのはサラブレッドではないだろうか。サラブレッドは人間にとって最も実用的ではない家畜生物だろう。人間を乗せていかに速く走るか、そしてそのことについて賭けの対象としているのだから。だからこそ、その成績や血統に対して個人の思いを重ね、熱中する人が絶えない。サラブレッドをモチーフとした小説も多数出版され、広い支持を集めている。

サラブレッドを扱った小説の中で、私が最も好きな小説は宮本輝氏の「優駿」である。サラブレッドを扱った小説の中でと書いたが、サラブレッドを扱った小説を読んだのは「優駿」以外にないのだけれど、こう表現しても間違いないくらい素晴らしい小説だと思う。「優駿」はオラシオンという競走馬の誕生からダービーを制するまでの約3年間を描いたドラマである。オラシオンは一言も語ることなく、オラシオンを取り巻く生産者、馬主、調教師、騎手など、それぞれの人間がオラシオンを通してそれぞれの思いを結実させていくドラマである。

宮本輝氏の小説は私が若い頃、むさぼるように読んでいた。小説の主人公はお金持ちの設定が多い気がするが、若い私にとってそれもまた憧れを抱かせるようで好きだった。特に「錦繍」は手紙で男女がやり取りする形式で物語が進み、次第に明かされる離婚の原因や現在の状況について、他人の手紙を盗み見るようでドキドキした。更に「青が散る」は新設された大学のテニス部を舞台とした青春群像劇で、それぞれの登場人物が丁寧に描かれ、当時高校生だった私は大学生活への憧れと妄想をかき立てられた。ちなみに、妄想生き物紀行第6回「ヒツジ」は宮本輝氏の「五千回の生死」で使われた手法を真似しようとして始めたものの頓挫した結果である。

宮本輝氏の小説に出てくる登場人物は、いずれも実直で、真摯で、誠実である。根っからの悪人は出てこない。「優駿」に出てくる人物もまた実直で、真摯で、誠実である。オラシオンを生産した牧場の息子、渡海博正がオラシオンの血統について、4×3の奇跡の血統だと実直に語っている。

競馬は血統のスポーツと呼ばれ、その親子関係は何代にもわたって記録されている。重複があるものの、中には12代前までの4096頭の父母馬を記した血統の図まであるそうだ。上記の4×3とは同じ馬が4代前と3代前にいる近親交配のことを言う。活躍したサラブレッドは引退後、オスは種牡馬(しゅぼば)、メスは繁殖牝馬(はんしょくひんば)になり、その血統を子孫に受け継ぐ。しかし、生産者は強い馬の遺伝子を色濃く残したいと考えるが、近すぎると体が弱くなり活躍できない子供が誕生する。活躍した馬の遺伝子を発現させるため、近すぎず絶妙な血統バランスが4×3と信じられている。実はこの血統バランスは科学的には証明されていない。

前回メンデルの法則を紹介したが、仮に速く走る事のできる遺伝子があったとして、顕性であればそこまで苦労せず選抜できるはずである。しかし、なかなかその遺伝子が出現しないのであれば潜性であると考えるのが妥当であろう。潜性の遺伝子を発現されるには両親ともに潜性の遺伝子を持っていなければならない。サラブレッドの血統操作は潜性の純系を選抜していることなのかもしれない。

このようにサラブレッドの交配を続けてきた結果、全ての競走馬の父親をたどっていくとダレーアラビアン、ゴドルフィンアラビアン、バイアリータークの3頭に行き着く。そして、この3頭をサラブレッドの3大始祖と呼んでいる。その中でも現在の競走馬のうち90%以上がダーレーアラビアンの子孫だといわれ、現在では競走馬の遺伝的多様性は極めて低いと指摘されている。つまり、競走馬のほとんどが多少の突然変異を起こしながらもダーレーアラビアンのY染色体のコピーを持っているということになる。

また、競走馬の毛の色についても遺伝によって決定されている。いい成績を残した種牡馬は多くの子孫を残すことになるが、最近の競走馬の毛の色が似通ってきているという感想を持つ人もいるらしい。つまり、毛の色についても多様性が失われつつあるのかもしれない。私自身、競馬に詳しくないので毛色については妄想の域を出ないが、かつて活躍したオグリキャップ、タマモクロス、クロフネといった灰色をした芦毛(あしげ)の馬が少なくなっているようだ。

芦毛の馬は年齢を重ねると体毛が白くなる。人間で言うと白髪のようなものかもしれない。競走馬の寿命は20年以上と言われ、芦毛の馬の晩年は白馬と言っていい。白馬には芦毛の他に生まれた時から白い、白毛という毛色もあるが、芦毛よりも更に少ない。いずれにせよ白馬の数はどんどん少なくなっている。

もし、あなたが白馬に乗った王子様を待っているのだとしたら、白馬の数自体が少なくなっているので、これからは出会う確率が少なくなってしまうだろう。そしてもし、あなたが白馬を探している王子様だとしたら、白馬を探すのをあきらめ、自分の足で実直に、真摯に、そして誠実にアプローチする必要があるだろう。

<編集後記>

※このエッセイ「妄想生き物紀行」は、ポッドキャスト番組「妄想旅ラジオ」の第9回「ウマ と関連した内容です。ポッドキャストはインターネットのラジオ番組で、PCでもスマホでも無料でお聴きいただけます。妄想旅ラジオは、ぐっちーさん、ポチ子さん、たまさんの3名のパーソナリティーが毎回のテーマに沿って「生き物」「食べ物」「旅」について話す楽しいラジオ番組です。リンク先に聴き方も詳しく載っていますので、ぜひ合わせてお楽しみ下さい。

ぐっちー作「妄想生き物紀行」第9回「ウマ〜白馬に乗った王子様は現れるだろうかいかがでしたでしょうか。

今回もお読みいただきありがとうございます、編集担当オーナー雨こと斎藤雨梟です。

こんにちは!

「オラシオン」は確か「祈り」という意味なのでした。私も「優駿」や「錦繍」は読んで面白かった記憶があり、懐かしいです。
「白馬に乗った王子」のイメージも小説などの影響で定着したものだろうか? と思い出すに、「アーサー王物語」でアーサー王が白馬に乗っていたような気がしたのですが、調べてもよくわからず、「月毛」(クリーム色の毛)の馬だったという記述がやっと見つかったのみ。昔読んだ本の挿絵からのイメージだとしたら、多分モノクロのペン画だったので芦毛も月毛も白毛も区別がつかなくて当然です。

それにしても白馬がそんなに珍しいものだとは、知りませんでした。レアな馬だからこそ地位ある人(王子様など)は求めるということなのでしょうか。コレクターズアイテムのような? だとしたら白馬の王子を待つ人は「レアアイテムを求めて手に入れた人」という二重の意味でのレアアイテムを求める究極のコレクターでありましょうか。それはさておき、

Twitterでぐっちーさんと話そう企画!

にて今回も、ウマについて、競馬について、サラブレッド小説について、宮本輝について、前回に引き続き顕性・潜性について、などなど、ぐっちーさんにあれこれお聞きしてみたいと思います。

斎藤雨梟のTwitterアカウント @ukyo_an  にて

↓こんな感じで↓ツイートしますので、よろしければみなさまもツイートへ返信してご参加ください。

ぐっちーさんとお話ししたもようは、来週こちらのサイトでまとめてお伝えします。Twitterでいただいた質問やコメントは記事内でご紹介させていただくことがあります。どうぞよろしくお願いいたします。では、Twitterでお会いしましょう!

ご意見・ご感想・ぐっちーさんへのメッセージは、こちらのコンタクトフォームからもお待ちしております。

ホテル暴風雨にはたくさんの連載があります。小説・エッセイ・マンガ・映画評など。ぜひ一度ご覧ください。<連載のご案内> <公式 Twitter