ウとアユ〜職人の経験と科学の間で

「妄想旅ラジオ」ポッドキャスター ぐっちーが綴るもう1つのストーリー「妄想生き物紀行 第26回 ウとアユ〜職人の経験と科学の間で」

その道50年の職人さんの言葉には説得力がある。特に1300年続く伝統を守ってきた職人さんの言葉は特別である。職人さんの経験に基づくお話には科学的根拠など意味をなさない。自然を相手にする職業の方の話を聞くと経験から来る確信を聞くことができる。それはどういう根拠があるか聞いても多くの場合科学的根拠などなく、経験上そうなんだとしか答えてもらえない。そしてその経験から来る確信について科学的調査を行うと仕組みが解明されることもある。科学は職人の経験を数値化してきただけなのかも知れない。だから科学者が職人の話を聞くことは非常に重要な事なのである。

宮内庁式部職鵜匠の山下純司氏による講演記録を読んだ。山下氏は宮内庁職員にして先祖代々1300年続く現役の鵜匠である。講演が行われた2010年当時、山下氏は70歳で50年近く鵜匠を続けてこられたそうである。長良川の鵜飼は日本で唯一の皇室御用達で鵜匠は世襲制の国家公務員ということになる。

ウはカツオドリ目ウ科の鳥の総称である。日本にはカワウ、ウミウ、ヒメウ、チシマウガラスの4種生息し、鵜飼に使われるウはウミウである。鵜飼は長良川を始め日本全国で11カ所行われており、そのすべてのウは茨城県日立市十王町にあるウミウ捕獲場で捕獲される。ウミウは渡り鳥で春になると千島列島から北海道にかけて渡り、子育てを行った後、秋には関東から西日本にかけて越冬のため再びやって来る。そのため、ウミウを捕獲できるのは4月から6月にかけてと10月から12月にかけての年2回である。現在では年間約40羽ほどのウミウが捕獲され各地の鵜匠へ届けられている。山下氏の話によると、昔は列車に乗せられ長良川まで連れてこられたが、最近では赤帽に頼んで10万円でやって来るらしい。

ウミウ捕獲場はヒトが立ち入ることのない断崖絶壁になっており、その上に藁で囲いをした小屋を設置してウの飛来を待つ。ただ待つだけではウミウが寄ってこないので、おとりのウミウを小屋の外に立たせて、それにつられてやってきたウミウを捕獲する。

札幌にはラーメン店が立ち並ぶラーメン横丁があり、多くの観光客が味噌バターコーンラーメンや毛ガニラーメンを求めて行列を作る。ところが、同じラーメン横丁に店を構えていても人気店とそうでない店があり、店の前には行列ができる店とできない店が存在する。あなたならどちらの店でラーメンを食べたいだろうか。多くの場合、行列ができる店の方が美味しいのではないかと期待するだろう。同じようにウミウも誰もいない崖よりも先客がいる崖で羽を休めるのだが、実はその先客はサクラだったのである。ちなみに行列ができる店の方が美味しいのではないかと思う心理は経済学的にバンドワゴン効果と言われている。鳥も人も同じような心理が働いているのかも知れない。

長良川の鵜匠山下氏の話によれば、連れてこられたウミウはまず1年目はアユの味を覚えさせて、2~3年で体作りをするそうである。仕事の内容は鵜匠が教えるのではなく、先輩のウミウから教わるのだそうだ。4年目頃から仕事に出て、昔であれば10年ほどで引退して野に放されていたようであるが、現在では天寿を全うするまで飼育するそうで、長い時だと30年も一緒に生活するそうである。ヒトに飼われたことのある動物を野生に返しても必要以上にヒトに近づいたり、自力で餌を捕れなくなったりとその動物にとって不幸な結果になってしまうことが多い。ウミウを最期まで飼うようになったのはアニマルウェルネスの観点からも好ましいことである。

山下氏が飼育するウミウは24羽で、そのうち良く働くウミウは2、3羽しかおらず、ほとんどは適当に仕事をする。鵜飼ではウミウの首に縄をかけて大きなアユは通らないようにしてあるが、ウミウは最初に2、3匹の小さなアユを食べて、その後大きなアユをくわえて仕事をしたように装うのだそうである。「部屋を片付けなさい」と注意された子供がとにかく散らばっているおもちゃを箱の中に押し込めて片付けをアピールするようなもので、ここでも鳥も人も同じような心理が働いているのかも知れない。

飼育されたウミウは卵を産まず、毎回野生のウミウを捕まえてきて人に慣れさせる。この方法は1300年間続いており、今までヒトの飼育下でウミウが産卵して雛が孵化したことはなかったそうである。ところが、2014年に京都の宇治川の鵜飼で飼育されているウミウが有精卵を産み、更に孵化した。これまでウミウの人工繁殖の事例はなく、試行錯誤の上なんとか成長させた。このウミウはウッティーと名付けられ、すでに鵜飼デビューも果たしている。

更には、2021年現在ウッティー2世も誕生し本格的に人工繁殖の技術が確立しつつあるのである。中国ではカワウを使った鵜飼が行われ、すでに人工繁殖技術が確立されており、日本のウミウによる鵜飼との違いを検討することで継続的に人工繁殖が成功しているそうである。職人の経験に耳を傾け、それを科学技術による裏付けを行うことで人工繁殖技術を発展させることができたのである。持続可能な社会に向けて、大きな一歩となる出来事かも知れない。

参考資料:

日本動物心理学会第69回大会特別講演「鵜と鵜匠の語らい」山下純司(PDF)

『鵜飼と現代中国 人と動物、国家のエスノグラフィー』卯田宗平著 東京大学出版会

(タイトルと画像はAmazon 販売ページにリンクします。出版社による内容紹介・書誌情報ページはこちらです)

(by ぐっちー)

<編集後記>

※このエッセイ「妄想生き物紀行」は、ポッドキャスト番組「妄想旅ラジオ」の第26回「ウとアユ」 と関連した内容です。ポッドキャストはインターネットのラジオ番組で、PCでもスマホでも無料でお聴きいただけます。妄想旅ラジオは、ぐっちーさん、ポチ子さん、たまさんの3名のパーソナリティーが毎回のテーマに沿って「生き物」「食べ物」「旅」について話す楽しいラジオ番組です。

ぐっちー作「妄想生き物紀行」第26回「ウとアユ〜職人の経験と科学の間で」いかがでしたでしょうか。

今回もお読みいただきありがとうございます、編集担当オーナー雨こと斎藤雨梟です。

こんにちは!

鵜飼の鵜について、知っているようで全然知らないお話の連続でした。ウッティーとウッティー2世の誕生で鵜飼の世界も変わりそうですね。

参考資料のうち書籍の方はまだ未読なのですが(中国にも鵜飼があるのですね、面白そうな本です)、鵜匠の山下純司さんの講演記録は読みました。今すぐ読めてとても面白いので是非おすすめします。鵜との生活、鵜の扱い方など経験の重みとはこういうことかというシビれるエピソードが満載です。筆記記録をもとに、山下さんの語り口から再現しているところがまた良く(講演筆記は岐阜大学の大井修三さんによる)、写真や講演時の質疑応答もあります。あの独特のコスチューム(黒い服、腰蓑、帽子)の意味もわかりますよ!

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