アデリーペンギン〜アデリーペンギンは「人でなし」か?

ペンギンと聞いてどのような姿を思い浮かべるだろうか。ペンギンは鳥綱、ペンギン目、ペンギン科に属する鳥類の総称であるが、現生のペンギン科には6属19種があるとされている。そのうちコウテイペンギン(エンペラーペンギン)はペンギンの中で最も大型な種で、襟元に黄色い模様がある。ペンギンと言えばコウテイペンギンを思い浮かべる人も多いだろう。ただ、我々の日常生活に最も入り込んでいるペンギンはアデリーペンギンではないかと思う。

もしかしたらあなたの財布の中に入り込んでいるかも知れないし、スマートフォンのアプリアイコンになっているかも知れない。あるいは飲食店の業務用冷蔵庫に張り付いているのを無意識に見ているかも知れない。アデリーペンギンはロゴのモチーフとしてよく使われている。一説によるとアデリーペンギンはくちばしの先が少し黄色いものの、白と黒で表現できることから、印刷されることが多い企業ロゴなどに多く使われているらしい。そういう観点から見ると、パンダ、シマウマ、シャチ、バクなど白黒の動物がロゴや漫画のキャラクターに抜擢されているのもうなずける。

アデリーペンギンの生息地は主に南極大陸と南極大陸から南アメリカに向かって伸びる南極半島である。多くのペンギンは南極半島から北に生息するが、南極大陸に営巣地を持つのはアデリーペンギンとコウテイペンギンのみである。南極大陸沿岸は冬期間氷に覆われるが、夏期には沿岸部まで海面が露出する。ペンギンの餌であるオキアミや小魚を獲るためには海面が露出する場所で生活しなければ生きていけない。そのため、多くのペンギンは氷のない南極半島以北に生息するのである。

アデリーペンギンの繁殖期は夏である。南極の夏は12月から2月頃までで、南極大陸沿岸の氷が溶けきる前に営巣地に戻ってくる。南極の春にあたる9月から10月にかけていっぱい餌を食べて体力を蓄えた親鳥たちは毎年同じ場所で落ち合い子育てを行うのである。オスはメスが営巣地にやって来る少し前に来て去年の巣穴を整える。

「デリ男さん、久しぶり。待った?」
「ううん。僕も今着いたところ」

などという会話が営巣地で繰り広げられていることだろう。

ところが自然界は厳しく、子育てが終わって一時分かれたものの、その後消息を絶ってしまう場合も多いと推測する。そういった場合は初めて繁殖に加わるアデリーペンギンや同じ境遇の異性とつがいになるそうである。待ち合わせの場所に数日遅れただけで相手が別の相手とつがいになっていることも考えられる。携帯電話も駅の伝言板も無いアデリーペンギンにとっては時間厳守が鉄則である。

アデリーペンギンは鳥類であるので、卵を産んで温めて繁殖する。その間は片時も卵から動くことができないので、雛が孵るまでの約1ヶ月間交代で卵を温める。11月は夏の初めといえども周りにはまだ雪が残り、年によっては沿岸が結氷しているので餌を採りに海まで数十㎞を歩かなくてはならない。ある研究によると営巣地から海面が露出する場所まで遠いと雛の生残率が低下するようである。概ね10日から2週間交代で卵を温めるが、相手が戻ってこない場合は卵を置いて餌を食べに出てしまうようである。そうなると当然ながら卵は冷たくなり孵らない。

私を含め、多くの人が動物の生態を人間の行動に置き換えて考えてしまう。このアデリーペンギンの抱卵については、死んでしまうと分かっていながら自分自身の生命維持のために子供を置いて餌を食べに行ってしまう。多くの人はこの行為について非情であると捉えてしまうだろう。しかしながら、個体群の維持を考えれば、親子共倒れするよりは1羽でも多く繁殖可能な個体が生き残り、次の年にもう一度繁殖を試みる方が生残戦略としては合理的である。つまり、そのような行動を取った個体が多く生き残り、アデリーペンギンの生態として定着したと考えられる。

もし、川で配偶者と子供が溺れて、どちらか一方しか助けられないとしたら、どちらを助けるだろう。この問いをアデリーペンギンに聞くと間違いなく配偶者と答えるだろう。しかしこの時アデリーペンギンを「人でなし」と罵ることはできない。ヒトの場合は片親でも、あるいは両親がいなくても、社会保障制度を活用すれば生きていくことだけは可能である。しかしアデリーペンギンの場合は雛が孵ったとしても片親だけでは生きていくことは難しい。

アデリーペンギンは卵を温めながら2週間の間、配偶者の帰りを待つ。待てど暮らせど配偶者が戻ってこない時、空腹と戦いながら葛藤することだろう。帰りが遅い配偶者のことを思い、ヒョウアザラシやシャチに襲われたのではないだろうかと心配する。しかし、自分も空腹で倒れそうになる。自分が離れれば卵は孵らないことは十分承知している。そして意を決したように卵を放置して歩き出す。その時後ろを振り返るだろうか。アデリーペンギンに感情はあるのだろうか。

携帯電話のロックを解除したらモバイルSuicaアプリのアイコンがこちらを見ていた。すごく可愛い。アデリーペンギンの目の周りには白い羽毛が生えている。アイコン化されたアデリーペンギンは大きなつぶらな瞳でこちらを見ているが、本当の目は中心の黒い部分だけである。そしてもう一度アイコンを確認してみる。私にはその愛らしい瞳の奥に孤独が感じられた。

(by ぐっちー)

<編集後記>

※このエッセイ「妄想生き物紀行」は、ポッドキャスト番組「妄想旅ラジオ」の第28回「アデリーペンギン と関連した内容です。ポッドキャストはインターネットのラジオ番組で、PCでもスマホでも無料でお聴きいただけます。妄想旅ラジオは、ぐっちーさん、ポチ子さん、たまさんの3名のパーソナリティーが毎回のテーマに沿って「生き物」「食べ物」「旅」について話す楽しいラジオ番組です。

ぐっちー作「妄想生き物紀行」第28回「アデリーペンギン〜アデリーペンギンは「人でなし」か?」いかがでしたでしょうか。

今回もお読みいただきありがとうございます、編集担当オーナー雨こと斎藤雨梟です。

こんにちは!

妄想旅ラジオ第28回「アデリーペンギン」は、ぐっちーさんの生き物パートがアデリーペンギンの過酷な子育てのお話、たまさんの旅パートはご当地アイスキャンデー(「デー」がポイント)、ポチ子さんの食パートはなぜかウクライナ料理、と意外で楽しい話題がいっぱいです。「旅」「食」の話が、お題の「生き物」からどんなアクロバティックな発展をするのかがどんどん楽しみになってきたあたりでした。ぐっちーさんの生き物パートはだいたい正面からお題の生物について話す回が多いのですが、それでも毎回ちょっとずつ色合いが違い、メインテーマが同じでも放送とエッセイでは印象が違うところが両方聴く&読む楽しみです。

さてアデリーペンギンといえば阿照キュー太(あでり・きゅーた)さんです。当ホテル暴風雨自慢のコンテンツ、登場キャラクターの9割以上がペンギンである「純ペンギン文学」、浅羽容子作『白黒スイマーズ』には、アデリーペンギンだけでなくいろいろなペンギンが登場します。阿照キュー太の恋と冒険を是非是非お楽しみください!全話無料でお読みいただけます。第一回は↓こちら↓です

ペンギン達が住む世界の「ホドヨイ区」にあるのは、「おさかな商店街」。今日もペンギン達がわんさかペンペン集まります。さぁ、純ペンギン文学のスタートです!毎週火曜はペンギンの日!( ゚Θ゚ )

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