スクリューバリスネリア〜相続した土地とスクリューバリスネリアを結ぶ父の記憶

一周忌の法要は滞りなく終わった。年賀状にハワイ旅行の写真をよこした菩提寺の住職に読経をしてもらうことに決めたのは、亡き父への最後の孝行だと自分に言い聞かせたからだった。先代の住職は父と兄弟のような付き合いで、読経の声も心地よかった。しかし、その息子である現住職と私の関係はただのしがらみでしかなかったし、読経の声もいまいちだった。

父から相続した土地は住宅地の真ん中で、駅から数分の距離にある広めの土地だ。江戸時代から先祖代々受け継がれてきたその土地は、父が幼少期を過ごした場所でもあり、その後20台ほどが止められる駐車場として利用してきた。

おそらく登記簿を見たのだろう。最近大小様々な不動産屋から、土地を売ってくれ、あるいは貸してくれ、というダイレクトメールが届くようになった。大学生の子供にかかる学費捻出のためにお小遣いが減ったのと、相続税を分割で支払うことになった私には喉から手が出るほど現金が欲しい。そして大手の不動産屋から話を聞くことに決め、堺筋本町にある事務所を訪ねた。

その不動産屋は東証一部上場で担当者も信頼できそうな印象を受けた。不動産屋によるとアパート建設を計画しており、相続した土地が条件にぴったり当てはまるそうだ。土地を売却した場合、貸した場合、そして自らアパートを経営した場合など、それぞれ細かい説明を受け、その日は帰路についた。

担当者は感じが良かったし、何より相続税の心配が消えそうで心が軽くなった気がした。少し小腹が空いたと思い駅に向かう途中周りを見渡していると熱帯魚ショップが目に入った。こんな街中で熱帯魚を売る店が儲かるのだろうかと思ったのと同時に生前の父を思い出した。

父は一時期熱帯魚を飼っていた。熱帯魚というより水草を飼っていたと言った方が正しいかも知れない。水槽に様々な水草を入れて水辺の環境を再現することに心血を注いでいた。熱帯魚はその付属物のような存在だった。その父がある時スクリューバリスネリアについて教えてくれた。

スクリューバリスネリアは別名「ネジレモ」と言って琵琶湖と淀川水系にしかいない固有種である。スクリューという名の通り細い葉がねじれるように湖底から生えており、水中で葉が茂る様子はボリュームがあり熱帯魚愛好家に人気の水草である。

「琵琶湖疎水って知ってるやろ」

墓参りに向かう車中でいきなり父が話しかけてきた。

「琵琶湖疎水は1890年に琵琶湖の水を京都に引き込むために造られた人工の水路なんやけど、そこにネジレモがたくさん生えとんねん」

車は渋滞に巻き込まれてしまったようだ。

「琵琶湖の護岸工事でネジレモの生えている場所が減った一方で、たかだか100年ちょっとの間に人工の水路に生えるようになって、植物の適応能力ってすごいなぁ」

急にネジレモの話を切り出した意図を考えながら、気のない返事をすると父は続けた。

「昔からの生息場所を離れず絶滅してしまう生き物がいる一方で、その時々で最善の生息場所に移動してしぶとく生き残るやつがいる。しぶとく生きるのもええな」

あの時は「そうやな」と答えるのが精一杯で、父の言葉の意味について全く理解ができないでいたが、今となれば「土地は好きなように使ったらいい」と言ってくれていたのかも知れないと考えるようになった。先祖代々の土地に縛られて身動きが取れない状態になるよりも、その地を離れてしぶとく生きるという選択肢を与えてくれたのかも知れない。そう思うともう一度駐車場になった先祖代々の土地を見ておきたくなった。

駐車場の向かいには小学校が建っている。父はよく「ここは昔、川やった」と言っていた。戦後焼け野原になったこの近辺は、今では住宅地となって、近くには電車が通るようになった。土地利用の変遷は郷土資料には記録されているかも知れないが、多くの人の記憶からは忘れ去られている。私は父の記憶を受け継いでしまった。

スクリューバリスネリアは琵琶湖疎水だけではなく、世界中の熱帯魚愛好家の間で保存されている。種の保存において生きたスクリューバリスネリアが存在することは勿論重要であるが、その生息環境も同時に保全されていなければ完成しない。分布状況を記した論文だけでは意味はない。今もそこに行けば野生のスクリューバリスネリアが見られることが重要なのだ。

スクリューバリスネリアと同じように新天地でしぶとく生きる方法もあるが、先祖代々生息し続けてきた土地を守っていくこともまた重要である。一時の経済性によってこれを毀損してしまっては取り返しの付かない事態に陥る。我々は場所だけではなく、しがらみや記憶をもひっくるめて後世に伝える責務を負っているのかも知れない。今夜は久しぶりに奮発してフランス産ワインでも買って帰るか。

※この物語はフィクションです。両親は健在で、相続するような土地もありません。ただし、ハワイ旅行の年賀状は事実です。

(by ぐっちー)

<編集後記>*最後に重要なお知らせがあります!*

※このエッセイ「妄想生き物紀行」は、毎回ポッドキャスト番組「妄想旅ラジオ」 の過去放送回と同一テーマでお送りしていますが、今回はリクエストにおこたえする独自テーマ企画。「スクリューバリスネリア」はたまさんからリクエストいただきました。たまさん、ありがとうございます!

ぐっちー作「妄想生き物紀行」第38回「スクリューバリスネリア〜相続した土地とスクリューバリスネリアを結ぶ父の記憶」いかがでしたでしょうか。

今回もお読みいただきありがとうございます、編集担当オーナー雨こと斎藤雨梟です。

こんにちは!

短編小説仕立ての今回。びっくりするポイントがたくさんあったのではないでしょうか。スクリューバリスネリア? 何それ? とまず写真を見、解説を読み、ああ、熱帯魚と一緒の水槽にいる何だかおしゃれな水草ね、と納得しかけたところに、琵琶湖の固有種という意外さ。「ハワイ旅行の写真を送ってくる住職」など、覚えのあるエピソードも挿入され、フィクションの中に事実が混ざっていそうなところも油断がなりません。フランス産ワインを購入したのも事実ではないかと私はふんでおりますがみなさまどう読まれましたでしょうか?

Twiterでぐっちーさんと話そう企画

さて今回も、ぐっちーさんとみなさんと、Twitterでお話したいと思います。スクリューバリスネリアについて、ふるさとの固有種について、水草栽培について、ハワイ旅行について、などなど何でもお話しましょう。参加方法はTwitterに書き込むだけ、なので初めての方も、ラジオお聴きのみなさまも、質問してみたい人はもちろんただお話してみたい人も、エッセイを読んでの感想、ぐっちーさんへの質問やツッコミなど、ぜひお気軽に。お待ちしています!

斎藤雨梟のTwitterアカウント @ukyo_an  にて

↓こんな感じで↓ツイートしますので、よろしければみなさまもツイートへ返信してご参加ください。

ぐっちーさんとお話ししたもようは、来週こちらのサイトでまとめてお伝えします。Twitterでいただいた質問やコメントは記事内でご紹介させていただくことがあります。どうぞよろしくお願いいたします。では、Twitterでお会いしましょう!

最後に重要なお知らせ <まだまだリクエスト受付けます>

ぐっちーさんのエッセイ「妄想生き物紀行」で取り上げて欲しいテーマを募集します。是非ご応募ください!

<リクエスト募集の趣旨>
この「妄想生き物紀行」は、毎回、ポッドキャスト番組「妄想旅ラジオ」で取り上げたテーマに対応した内容のエッセイをお送りしていますが、41回(2022年1月18日公開予定)は対応するラジオ放送が「お便り紹介回」であるため、「妄想生き物紀行」独自テーマとし、みなさまからのご応募から決めます。

<リクエストの内容>
募集するテーマは、
*エッセイ公開日が1月18日であるため、この日付にちなんだもの
*日付にこだわらず、1月、冬、など季節にまつわるもの
*まだ「妄想旅ラジオ」で取り上げられていない生き物
*その他、これというのがあればご自由に
などです。つまり自由です。

<リクエストの方法>
*Twitterで、ぐっちーさんのTwitterアカウント か 斎藤雨梟のTwitterアカウントにリプライ(任意のツイートを選んで「返信」ボタンを押して書き込み・送信する)してリクエスト
ホテル暴風雨コンタクトフォームから、題名を「妄想お題」としてリクエスト

のいずれかでお願いします。

<リクエスト採用方法について>
ぐっちーさんの執筆欲をビビビッとそそるリクエストが来た時点で採用とさせていただきます。つまりぐっちーさんの気分次第。ですのでお気軽に、お早めに、ぜひぜひご応募ください。お待ちしております!

ご意見・ご感想・ぐっちーさんへのメッセージは、こちらのコンタクトフォームからお待ちしております。