【 ホテル暴風雨フロントよりご挨拶 】
ミュージシャン黒沢秀樹さんの連載が始まります。意外なことにテーマは育児! 現在1歳半の息子さんとの愛おしくもハードな日々を毎週月曜日にお届けいたします。(2020.1.27)
この連載を始めるきっかけは、このホテルのオーナーであり絵本作家の風木一人さんとの出会いだ。
僕は主に音楽を作る仕事をしていて、自分の曲のテーマを探していた時に出会った風木さんの作品「青のない国」と楽曲のコラボレーションをさせていただいた。
思えばこの時からまた何か一緒に作品を作れたらと考えていたのだが、ずいぶん実現まで熟成の時間がかかってしまった。
僕の見解では「是非また何かやりましょう」というのは「さようなら」という挨拶とほぼ同じ意味で、そんなことを言わなくても一緒にやる人とは機会が巡ってくるし、ない人とはたぶんずっと縁がない。そしてそういう縁のない人とどこかのライブ会場やらスタジオやら立ち食い蕎麦屋でコロッケそばなどをすすっている時にうっかり再会した場合、またまた「また何かやりましょう」とお互い言うことになる。
そんなわけで風木さんとこのような形でまたご一緒出来るのはとてもうれしい。
もの書きの仕事は今までもたくさんしてきたけれど、そのほとんどは音楽誌への執筆やコラムで、何か自由に文章を書いてみたいという気持ちがずっとあった。そのことを話したところこの連載のお誘いを受け、風木さんが編集者のような立場で手助けをしてくれることになった。
音楽や本、食べ物やお酒など、どんなテーマで書くか相談するうちに出てきたテーマが「子育て」である。
僕には現在1歳半の息子がいて、ものすごい勢いで成長し変化していく子供と、大人の予想の斜め上あたりから繰り出される変化球や豪速球にフルスイングでぶんぶん振り回される日々を過ごしている。
音楽などをやっていると「好きなことを仕事に出来ていいですね」と言われることがあるが、単純に自分は好きじゃないことを仕事にすることが出来なかっただけである。
毎日通勤ラッシュに揉まれて会社に行き、決められた時間に決められた範囲のことをして決まった給料をもらうような、そんな生き方をするのが怖かったし、嫌だった。
しかし、子供が生まれて思うことは、日々規則正しく安定した生活をしている人たちは本当に、本当にすごい、ということである。
日々与えられたタスクをこなし、計画性を持って休日の予定を決め、貯蓄をしたり保険に入ったりして有事に備え、実用的な車や家を買い、リタイアした後の人生のことまで考えていたりする、そんな人たちの強さと素晴らしさを、自分は子供が生まれてはじめて実感することになった。
なぜなら育児は日々の生活の安定と安心という土台があってこそ可能な、非常に手のかかるクリエイティブな作業であり、さらに言えば音楽のような衣食住の外にある仕事は、そんな多くの人たちによって支えられているのである。
自分は多くの育児をしている方とは(していない方とも)かなりライフスタイルに違いがあると思うし、一般的なお父さんは自分のように育児に時間を費やすことはなかなか難しいとも思う。
しかし、生まれたばかりの子供にはそもそも何のスタイルもルールもあるはずがないし、親がミュージシャンでも会社員でも、もしくはさすらいの占い師や賞金稼ぎだったとしても、そこにあるのは「お腹すいた」「おしっこ」「うんち」「眠い」「だっこ」といったとことんプリミティブな欲求とそれを表現するシンプルな手段(主に泣き叫ぶ)だけである。
その普遍的でシンプルなプロセスの中にある奥深さと、それを楽しむための心持ちのようなものを、育児中の方をはじめこれから子育てをする方、子育てを懐かしむ方とも共有出来たらうれしいと思っている。
(by 黒沢秀樹)
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