電話からもどったトモアキは口をとがらせていた。
「なってねえよ。ママさんが出てさ、ヒロキはまだ寝てます、だってよ」
「寝てますじゃねえだろー!」
「ジュン、さけぶな。みんな見てる」
「パジャマのままチャリンコ飛ばせって言ったんだろうな」
「言えるわけねえだろ。ああ、なんてこった‥‥」
トモアキは頭をかかえてしまった。
どうなっちゃうんだろう? いやな予感がアサ子の胸をよぎったのと、ジュンがさけんだのはほとんど同時だった。
「佐野!」
「なによ、声が大きいって」
「一生のお願い。おまえ出てくれ」
「冗談じゃないわよ。コマの動かし方しか知らないんだから」
「充分だ。吉田だってそんなもんなんだ。たのむ」
ジュンは手を合わせている。
アサ子は将棋をやったことがぜんぜんないわけではない。パパとトオルがやってるのを見てルールは覚えた。「アサ子もやってみないか」とか言われて何度かはやった。でもそうおもしろくもないし、弟のトオルに負けるのもなんだかバカバカしいから、それっきりやめてしまった。
出ても負けるに決まってる。アサ子は何であれ負けるのが大嫌いなのだ。
「いや。そんなつもりで来たんじゃないんだから」
キッパリ断わった。いや……キッパリ断わったはずだったのだが……世の中には思い通りにいかないことがある。
時計が十時をまわったとき、アサ子は将棋盤の前にすわっていた。
(なんでこうなっちゃうの?)
心の中で問いかけるが、答えはわかっている。
運が悪かったのだ。
自分が出なければ四人とも出られないとあっては、どうしようもない。トオルは初めて大会に出るのではりきって、昨日の晩もパパと特訓をしていたのだ。ジュンたちだってそうかもしれない。そんな四人にたのまれて、出ないとは、さすがのアサ子も言い張れない。
――――続く
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