一学期が終わった。アサ子の成績は少し落ちた。落ちたといっても悪くはない。トモアキやジュンが持って帰ったなら、家でパーティーが開かれるくらいの通知表だ。それでも落ちたことは落ちたわけで、胸をはってうちには帰れない。
ママは「ふうん」と言った。それは「がんばったわね」とは言わないだろう。アサ子は知らないことだが、先に帰ったトオルの通知表も落ちていたのだから、世の多くの母親とくらべた場合、ママの反応はずいぶん冷静な方だったと言える。
夜、ママはパパと話し合った。その結果アサ子は進学塾の夏期講習に通うことになった。お盆の前後一週間ずつ。
いまどきめずらしく英会話教室以外の学習塾に通ったことがなく、それでいて成績が良いのをひそかに自慢に思ってきたアサ子にとって、これは残念なことである。
しかしアサ子はがっかりはしていない。梅雨の終わりごろから、将棋の成績が目に見えて上がってきたのだ。昇級こそまだしていないものの、公式戦で勝ち越せるようになっている。やっと力がついてきたんだ――そう思うと夏期講習くらいなんでもない。
上達がうれしいのはもちろんだが、それ以上の大きな変化は将棋がおもしろくなってきたことだ。
ほかのメンバーと違い、そもそもアサ子が将棋を始めたのは、好きだからでも、おもしろいからでもなかった。なりゆきで出場した「こども将棋大会」で負けたのが原因だ。
テストでもほとんどバツをもらわないアサ子にとって、自分の名前の横についた大きな二つのバツは、見過ごせない問題だった。将棋に負けたからといってだれも笑わないだろうが、自分で許せないのだ。そこへ第二回大会のことを聞いたから、乗った。ひらめいたのだ。将棋の借りは将棋で返すしかない、と。
言ってしまえば負けず嫌いの意地で、楽しむ気などなかった。
ところが今は、将棋というゲームのおもしろさが少しずつわかってきた。シュウイチの言った「敵のねらいを外しながら自分のねらいを実現しようとする」戦い、知恵くらべのおもしろさだ。頭の中で計画を立てる。なかなか思い通りには進まないが、それだけにうまくいったときはなんともいえない。
アサ子はようやく、本当の意味で、将棋と出会ったのだった。
――――続く
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