将棋ストーリー「王の腹から銀を打て」第29回 by 風木一人

夏休みには学校がない。当たり前だ。しかし、だからといって将棋ばかりやっていられるかといえば、そんなことはない。
みんなそれぞれ用がある。トオルはからだをきたえるために水泳教室に通い始めたし、ジュンは少年野球の夏の大会があるから練習と試合でいそがしい。トモアキも、こちらはアサ子と違い近所の補習塾だが、やはり夏期講習があった。帰省や旅行の予定だってもちろんある。

その合間をぬって、トモアキたちは将棋を指した。二学期が始まればおそらく秋の大会まで二カ月ほどだろうから、休みのあいだに実力をぐーんとのばしておきたい。
学校の将棋クラブは休みなので、みんなの都合を合わせて、だれかのうちに集まるようにした。だれかのうちといっても結果的にはほとんどカズオのうちだった。両親が共働きだから遠慮がいらないし、将棋の本がいっぱいあるし、シュウイチがいる日は教えてもらえる。

五月以来の活動の成果は着々と現われてきて、七、八月には昇級も相次いだ。
カズオは2級に、トオルは6級になった。その後やや負けがこんでいるが、これは二人が弱くなったのではなく、昇級するとハンディが厳しくなるからだ。それまで香落ちだった相手と角落ちで、角落ちだった相手とは飛車落ちで指さなければならない。

一方、夏に入ってからがぜん勝ち始めたトモアキとアサ子は、それぞれ5級と7級になり、さらに好調を持続している。アサ子など五連勝で8級になったとたん、すぐまた五連勝で7級になったのだから、絶好調と言ってもいい。
野球とかけもちのジュンはだいぶ勝率を落としているが、まわりののびに追いつかないだけで、ジュン自身ものびてはいる。

トモアキたちの実力アップは、なかま同士の公式戦よりも、同好会の大人の人たちとの対戦で、よりはっきりわかる。
トモアキは前には歯が立たなかった宮原さんにときどき勝てるようになった。小野寺さんとなら互角以上に戦える。アサ子やトオルも大人相手に勝つのがそれほど珍しくなくなった。
「ほーんと、こどもはすーぐ強くなるなぁー」というのが、小野寺さんの口ぐせになってしまったくらいだ。

――――続く

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