絵本作家になって16年、たくさんの編集者の方にお世話になってきたが、最初期に出会った編集者のひとりにSさんがいる。Sさんは当時福音館のこどものとも第二編集部の編集長をされていた。0歳から3歳向けの絵本を作るセクションだ。
『いっぱいいっぱい』(絵・Terry Johnson)と『あるひそらからさんかくが』(絵・中辻悦子)を担当してもらった。
「こどものとも」は絵本の王道を行くことで知られるシリーズだが、たまに絵本の概念を広げるような異色作品を混ぜてくるのも特徴で、Sさんはその異色路線を担った方と言える。担当作に『やっぱりおおかみ』(作・佐々木マキ)や『ごろごろにゃーん』(作・長新太)があると言えば、わかる人にはわかるだろう。
Sさんはぼくがお会いしたときすでに大ベテランで、その後定年でお辞めになったから長いつきあいではなかったけれど、とにかく印象深い方だった。目がきらきらで、「赤ちゃん絵本を作っている人は赤ちゃんみたいな目をしているんだなあ!」と感動したのを覚えている。
Sさんはなにより、作家を作家としてあつかう人だった。おそらくそこに大御所か新人かの区別はなかった。ぼくなどまだ1冊の絵本も出していなかったから新人でさえなかったのに「作家あつかい」されたのである。
打合せの部屋に出入りするとき、ドアをあけ、必ず作家を通してから自分が続いた。作家を上座につけるのはもちろん、エレベーターやエスカレーターでも必ず「どうぞ」と作家を先に乗せる。細かいことだが徹底していた。
それは「この人は長新太にも同じように接するのだろう」と思わせるに充分なものがあった。
Sさんは遥か年上で編集長である。こちらは実績ゼロである。そういうあつかいには恐縮し戸惑ったが、だんだんにSさんのお考えがわかっていったような気がする。
Sさんは福音館の絵本、こどものともシリーズに誇りを持っていた。こどものとものラインナップに入ったら、新人の作品も長新太、林明子、山脇百合子といった大家の作品と並ぶ。そして子ども読者にとっては新人もベテランも関係ない。
「一人前にあつかうのだから一人前の仕事をしなさい。新人だからそこそこでいいという理由は何もない」言葉ではなく態度でそう教えてくれたのだと思う。
Sさんが実績で作家を差別しなかったのは作品を見る目があったからだ。誰が作ったものであれ、目の前の原稿が良いものであれば出版する。良くなければしない。
見る目のない編集者は作家の過去の実績でのみ判断する。目の前の原稿の価値がわからないから。
「Sさんはぼくを特別に評価してくれている」と感じたこともあったが、これはもちろん勘違いで、すべての作家が同様に感じていたのだと思う。つまりSさんは常に「あなたは大切な作家だ」というメッセージを大仰にではなく水が染みこむように伝えてくれる人だった。
『いっぱいいっぱい』の制作途中、Sさんの提案で原稿を修正した部分があった。もちろんおかげで良くなったとぼくは思っていた。完成後、そこについてSさんが、ぼくが自分で考えて直したかのように言ったので一瞬ぽかんとしてしまった。
単にSさんの記憶違いだったのか。それとも、どんな過程であれ、完成した作品の美点はすべて作家の手柄に帰せられるべきというお考えだったのか。今でもわからないのである。
絵本作家としてスタートしたころにSさんのような編集者と出会えたことはぼくにとって大きな幸運だった。
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