「こんな光景を見たことがあるか?」とTTは言った。それは彼が実際に見た光景だった。津波災害により、山のように積まれた瓦礫とゴミの山。周囲を見回していた彼の心臓がドキンとひとつ、大きく胸を打った。ゴミに埋もれるようにしてキューピーが上半身を見せていた。泥で汚れてはいたが、生々しい肌色が赤ん坊のように見えたのだ。
「裸のキューピーなのか?」
思わず出た質問に彼は笑った。
「キューピーは普通ハダカだね。服を着たキューピーを見たことがあるか?」
「そりゃそうだ」
彼の視線はそのキューピーに釘づけとなった。ほとんど無意識にカメラのシャッターをきったが、撮影してしまった後で、そのキューピーを掘り出して洗ってやりたいという衝動が走った。しかし洗って綺麗にしてやるのはいいが、その後はどうするのか。
結論は出なかった。結局、なにもせずその場を去ったのだが、複雑な気分はしばらく続いた。
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ジッツオさえ見つけたら。TTは何度そう思ったかしれない。それだけが彼の望みだった。もし取り戻したら、そのまま奇怪なパン屋を出るつもりだった。老人が三体の人形をベッドに持ってきてなにをしていようが、そんなことに興味はなかった。
「しかし状況は複雑でね……いや状況というよりも、その時の自分の心理が複雑でね」
彼はその場の光景を撮影したかった。その汚れた部屋の、汚れたベッドの上で横たわっている三体の少女人形を撮影したかった。しかしもちろんそんなことが許されるはずもない。そこは無断で入り込んだ他人の住居だった。ジッツオはあるのかないのかさっぱりわからず、目の前の老人と婦人がやりとりしている内容もさっぱりわからなかった。
一旦ここを出て、教会に戻ろうか。そんな考えもチラッと脳裏を走った。しかし首を振るようにして、その考えは捨てた。いまここを出てしまったら。もう二度とジッツオをとり戻すことはできない。強い確信があった。なんの根拠もない確信だったが、揺るがなかった。
なにもかも無視してこの家中をくまなく捜索し、ジッツオを発見したい。彼は思いきってその行動に出た。その後に襲いかかってくるであろうトラブルはすべて無視した。
老人と婦人を残して寝室を出た。もう一度、先ほど立っていた場所に戻り、ジッツオを置いた記憶をとり戻すつもりだった。しかし寝室を出てその場所に戻った途端に、彼は絶望感で息苦しくなった。部屋はもはや真っ暗だった。これではどこになにがあるのか、さっぱりわからない。寝室にはロウソクが2本あり、燭台の上で輝いていることは先ほど見て知っていた。
無言で寝室に戻り、その内の1本を燭台から抜きとってこっちの部屋に持ってこようか。そこまで考えたが、自分の胸のオートマチックに気がつき、ある考えがひらめいた。オートマだからこの部屋でシャッターを切れば、自動的にフラッシュ撮影となる。肉眼では暗がりで全然見えない部分でも、とりあえずオートマを向けて撮影してしまえば、その写真に写っている部屋の様子はすべてはっきりとわかるはずだ。
「こうなったらひとつの賭けだ」と彼は決意した。あのジジイの寝室も、このオートマであちこち撮影してやる。ベッドの下にこのオートマを突っこんでも、この家中を撮影してやるぞ。
「まあしかしすごい賭けに出たものだな」
呆れざるをえない。
「はっきり言って、この時は異常だったよ。尋常じゃない」
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彼は撮影できる枚数を確認した。もちろんデジタルなので、フィルムのような心配はない。バッテリー切れもなさそうだ。200枚は撮影できるとわかった。「全部使いきるぐらいの勢いで撮影しまくってやるぞ」と決意し、暗い部屋の中を慎重に移動しながらあちこちでシャッターをきった。そして……
「あの人形がね、まだそこに座っていることに気がついたんだ」
…………………………………… 【 つづく 】
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